第189話、ダンジョンの不明者


 ルガードーク冒険者ギルド、その一階フロアでの喧噪の理由は、地下ダンジョンでの集団行方不明が原因らしい。


 ソウヤが話しかけた中年冒険者が言った。


「探しに行ったドワーフの捜索隊も帰ってきていないんだってよ」

「それは大変だな」


 ソウヤの感想じみた発言に、その冒険者は頷いた。


「ああ、大変だからこうやって……」


 そこで、マジマジとソウヤを見やる。


「そういやあんた、見慣れない顔だな」

「白銀の翼のソウヤだ。つい最近、ここに来てね」

「白銀の翼だって?」


 ドワーフの職員が声を上げた。悩んでいた者たちの視線が一斉にソウヤたちに向いた。


「あのヒュドラ殺しの?」

「少し前に月下の盗賊団を壊滅させたっていう……」


 ざわつく中、先ほどのドワーフが進み出た。


「ルガードーク冒険者ギルドのスコルツです」


 低身長ながら横幅のあるドワーフのがっちりした手と握手を交わすソウヤ。改めて自己紹介した後、事情を伺う。


 複数の人間が地下から帰ってこないという報告があったのは三日前。ただダンジョンで行方不明者になるのは、それほど珍しいことではない。徘徊するモンスターに殺されたり、身動きできなくなったり、迷子になったり……。


「たださすがに一日に二十人近くが、未帰還というのはさすがにおかしい」


 スコルツの言葉を受け、「確かに」とソウヤとミストは顔を見合わせた。


「翌日も十人近くが未帰還となり、一度ダンジョンへの立ち入り停止して、捜索隊を編成しました」


 何も知らないまま入って不明者の数が増えるのも大変だから、ダンジョンを一時的に閉鎖して、本格準備をした捜索隊を送った……らしいのだが。


「今度は中央ルートを探ったドワーフの捜索隊を含めた十人が帰ってきませんでした。他ルートを捜索したパーティーは、特に異変も見当たらず、戻ってきたのですが……」

「ダンジョンスタンピードではない」

「はい。それなら、他のパーティーが何らかの兆候なりを見つけてもおかしくないのですが、そういうのはなかったようで」

「どう思う、ミスト?」


 ソウヤが振れば、漆黒の美少女は肩をすくめた。


「何か厄介な魔物がその辺りを縄張りにしたか……。あるいは、魔族の仕業かもしれないわね」


 ここ最近、王国内で不審な活動をしている魔族。十年前に魔王を失った連中が、また何か企んでいるようなのだ。


「どの道、何かあるんだろうな……。すでに四十人以上が行方不明なのだろう? これ、絶対放置したらまずいやつだ」


 ソウヤは言った。エイブルの町のダンジョンでも、魔族はスタンピードを起こそうとしていた。同じようなことをここでも行われている可能性も大いにある。


「スコルツさん、オレらでちょっと探ってきますわ」

「そうですか! それは助かります!」


 ドワーフの職員は声を弾ませた。


「Aランクの冒険者パーティーなら心強い。それでなくても、こちらの腕利き連中も行方不明者が出ていますから」


 スコルツは「ギルマス」に相談してきます、と一度奥に引いた。やがて戻ってきたら、調査依頼という形で、ソウヤたちにクエスト票を見せてきた。


 ただでも捜索に行くつもりだったソウヤだったが、さすがにただ働きはよくないとギルドは考えたようだ。依頼となったので成功すれば報酬がもらえる。


 準備を整える意味も含めて、ソウヤたちはギルドを出てアイテムボックスハウスに戻った。



  ・  ・  ・



「四十人以上……」


 セイジは驚き、ライヤーが軽く口笛を吹いた。


「目撃者はいねえのかい?」

「残念ながら」


 ソウヤは、仲間たちとルガードーク冒険者ギルドからの依頼を共有する。ジンが考え深げに言った。


「誰ひとり帰ってこなかった……どこか別の場所に転移でもさせられたのかな?」

「転移だって?」

「確証はないがね。何かに襲われたというなら、目撃者のひとりくらい戻ってもよさそうなものだが」

「確かに、四十人近くいて誰も戻ってこねえってのは、考えにくいなぁ」


 ライヤーが机に肘をついた。ソフィアが頭の後ろに手を回しながら言う。


「魔法って線はないかしら? まとめて睡眠とか麻痺の魔法で無力化されて、その後捕まるか全滅したとか」

「魔族が犯人であるなら、可能性はあるな」


 カーシュは発言した。


「魔族の四天王に、そういう魔法で相手を圧倒する奴もいた」

「あ――マルガ砦事件か!」


 ソウヤは思い出した。ソフィアが怪訝な顔になる。


「マルガ砦事件って?」


 十年前の勇者時代、砦にいた守備隊が魔族の魔法によって消されて、一夜にして制圧されてしまった事件があった。調査したソウヤたち勇者パーティーは、そこで魔王軍四天王のひとりと対峙した。


 もっとも、その四天王はそこで倒したが。


「その時の守備隊の人間は、モンスターに寄生されて生きたまま餌にされていた……」

「げぇ……グロテスク」


 ソフィアが、あからさまに顔を歪める。ジンは眉をひそめた。


「今回も、それと同じ可能性があるか」

「魔族は魂を集めていた」


 ガルが挙手した。


「あるいは、獣人化の呪いなども。何かの実験かもしれない」


 フルカ村の悲劇。魔族は村人から魂を奪い、何かに用いようとしていた。またガルの古巣の暗殺組織でも、その団員に呪いをかけて使役しようとしたりしていた。


 そこで、それまで沈黙を守っていたフィーアが手を上げた。


「まだ魔族の仕業と決まったわけではありませんが」


 証拠はないが、話の流れが魔族の企みの方向へ流れつつあった。しかし、ソフィアは首を振った。


「いや、これ魔族でしょうよ。それともダンジョンに発生した突然変異のモンスターの仕業とでも?」

「案外、その可能性もあるんじゃないかな」


 ジンは指摘した。


「ともあれ、どうやられたかわからない以上、慎重の上で慎重に動かねばなるまい。前回の捜索隊と同じ運命を辿るわけにもいかない」


 全員が頷いた。ミストを除いて――


「ミスト?」

「ちょっと待って」


 彼女は机の上に肘をつき、組んだ手の上に顎を乗せて、なにやら瞑想するようなポーズをとっていた。


「……ちょっと、いま、覗いてみる」

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