第184話、北の空へ
飛空艇の墜落現場に行く――
かつての魔王城の近くである。場所はこの王国から遥か遠く、北の海の先にある暗黒大陸の、さらに北にある。
飛空艇なしで向かうのは非常に難しく……なかった。
「つい忘れそうになるが、ミスト。お前、飛べたよな?」
ソウヤは、ドワーフの経営する宿兼酒場で、酒を飲んでいるミストに尋ねた。
美少女の姿をしていても、その正体は上級ドラゴンである霧竜である。
「何よ、薮から棒に」
「ちょっと魔王城の近くまで行く用事ができてな。遠いから飛んでいけたら、と思ってね」
「いいわよ。ただし、ワタシに乗っていいのはあなただけよ、ソウヤ」
ドラゴンは誇り高い種族だ。いくら人や物を運べる力があるとはいえ、その背に軽々しく乗せることはない。
よほどの信頼を得た者でなければ。
「ああ、オレだけでいい」
別に移住しようとか、新しく商売を始めようとか、そういうわけではない。ちょっと行って、帰ってくるだけである。
ただ場所がかなり遠いから往復二、三日は覚悟しないといけない。
というわけで、ミストの了承を得たので、銀の翼商会の他の面々にも遠征に出る旨を告げておく。
アイテムボックスハウスの出入り口を、ドワーフの宿の個室に固定して、ソウヤが留守の間にもメンバーが自由に家に出入りできるようにする。
ソウヤとミストが不在の間は、各自自由に行動してもらう。休むもよし、観光してもよし。訓練していてもいいが、問題だけは起こさないようにと釘は刺した。
そしてジンとカーシュを個人的に呼び出し、非常時に備えて連絡手段を確保しておく。
「何か急な連絡があるといけないから、お前たちにそれぞれ転送ボックスを渡しておく」
タルボットの醤油倉や、カマルに渡したお手紙と軽度の荷物をアイテムボックスを介して送れる代物だ。
それぞれに渡したのは念のためだ。片方がトラブっても、もう片方と連絡が取れるように、である。
「まあ、何も問題はないことを祈っているよ」
「そっちも気をつけて」
カーシュが心持ち心配の表情を浮かべる。
「魔王城は、あの戦いで崩壊したとはいえ、あれから十年経っている。今がどうなっているのかわからないから」
「新しい魔王城が建ってたり……か?」
それは考えなかった。城自体は絶海の孤島に建っていたが確かに気がかりではある。最近活発化している魔族の行動を考えると、新たに拠点になっているかもしれない。
「それも含めて、ちょっと見てきたほうがいいかもしれないな。魔族がまた何か企んでいたら困るし」
「無理はしないことだ」
ジンが注意した。
「君のことだから警戒はするだろうが、情報収集をするにも準備不足は否めない。魔族と遭遇したら、引き返すくらいの慎重さで行ってくれ」
詳細な情報を集めるのは次回のつもりで、ということだ。用心が過ぎる気もするが、下手に色気を出して、帰れなくなりましたはシャレにならない。
あくまで墜落飛空艇の調査で、偵察はおまけという認識で行こうとソウヤは決めた。
というわけで、レッツフライト。
・ ・ ・
いつもの黒い衣装のせいで、誤解しそうだが霧竜は白い。
陽光を浴びると神々しいまでの白に輝く。逆に霧に入ると溶け込むような白さになる。
でかい、速い、強そうの三拍子揃った霧竜であるミストの背に乗り、ソウヤはかつての魔王城のあった魔の領域を目指す。
どこまでも広がる海を矢のようなスピードで飛ぶミスト。本当なら正面から凄まじい風圧が掛かるはずなのだが、ミストが魔法で軽減させているのだろう。ソウヤはそよ風程度しか感じず、快適な空の旅を満喫していていた。
羽ばたく翼は力強く、その巨体を支える。深い青の塗料が溶け込んだような海面。水平線目指して飛行する霧竜。時々、島が見え、白い砂浜や深い森などが目に入った。鳥が群れて飛び、突然、海面から海の魔物が顔を覗かせることもあった。
それらを高空から見下ろし、ソウヤは相好を崩す。
飛空艇も速いが、霧竜の速度はそれ以上だ。これは思ったより早く現地に到着するかもしれない。
やがて、空が曇ってきた。眼下の海も、空を移す鏡のごとく黒く不気味に波打っていた。
「雨が降るかな、これは」
『そういう気配はないわよ』
ドラゴンの姿のせいか、魔力念話を使ってソウヤに声をかけるミスト。
『一応、見張ってはいるけど、こちらに何かしようと飛んでいる奴もいないわ』
「平和なのはいいことだ」
ソウヤは微笑した。
「そもそも、天下の霧竜様に挑みかかってくる奴なんているのか?」
『魔族の中には、いるんじゃないかしら?』
歌うような調子の念話が返ってきた。
『そもそも、ワタシのテリトリーに入ってきて襲ってきたのよ、連中は』
「そうだったな」
霧の谷を訪れたソウヤは、そこで魔族と遭遇して交戦。そしてまさかの美少女姿の霧竜ことミストと出会い、今に至る。
「最初はオレとお前だけだったな……」
しみじみと思い出す。今では人が増えて、一応商会となっている。
セイジ、ソフィア、ガル、ジン、ライヤー、フィーア、カーシュ。……あと一人増えたら二桁である。
「そういえばミスト。すっごくいまさらなんだけどさあ」
『なあに?』
「お前、オレと再会したとき、めっちゃ好感度高かったじゃん? あれどういうこと?」
いきなり抱きつかれた。今はとても落ち着いているが、一緒に行動し始めた頃は、お風呂に一緒に入ろうとしたり、割とスキンシップ過剰なところがあった。
最近は、人間との付き合い方の距離感がわかってきたのだろうとは思うが。
『ワタシはあなたのことが好きよ』
それはライク・ユー? それともラブ・ユー? いまいち判断に困る口調だった。
『ワタシの言葉を聞いて、理性的に話し合おうと向かい合った人間は、あなたが初めてだったからね』
ミストは笑った。もっとも念話で、だが。
『それまでは、人間はワタシを素材か何かとしか見なかった。ワタシが警告しても、ズカズカと入り込んで、やれ討伐だって殺しにきた』
「……耳が痛いな」
これまで多くの魔獣や獣、ドラゴンを倒してきたソウヤである。素材を得るために倒した命も少なくない。
『でも、あなたは話が通じる相手は、殺さなかったでしょう?』
理解できる言葉を話し、戦わなくても目的が果たされる場合は、確かにミストの言う通りだった。
『そんなあなただから、ワタシは好きよ』
それに――とミストは続けた。
『誰かと一緒にいるっていうのも、やってみたかったからね』
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