第170話、アジト内・人質救出


 月下の盗賊団のアジト。洞窟じみた通路には松明が焚かれていた。


 ソウヤたちが突入すると、正面から盗賊の下っ端たちが三々五々やってきて襲いかかってきた。だが、広場への応援に駆けつける最中のような、てんで統制されていない攻撃など、ソウヤたちの敵ではなかった。


 ミストとガルは盗賊を蹴散らし、ソウヤは向かってきた敵をアイテムボックスに送り込む。バッサンの町の冒険者なり自警団に引き渡す時は、結構な人数になりそうだ。


 やがて、一本道の通路から集会などができそうな大部屋に出た。


 そこには下っ端盗賊が二、三十人ほど待ち構えていた。さらに煌びやかな装備を身につけた幹部らしい盗賊が数人と、ロープで縛られた娘たちが複数いて、それぞれダガーなどを突きつけられていた。


「月下のアジトへよく来たァー!!」


 野太い男の声がビリビリと響いた。ボスだろう、狂犬じみた髭面の男が、ソウヤたちを睥睨する。


「大方、バッサンの町の冒険者ってところか? 招待した覚えはねえが、よくここまで来た! 褒めてやる」


 こっちだって来たくて来てるんじゃねぇよ――ソウヤが内心で悪態をつくと、そうとは知らない盗賊団のボスは声を張り上げた。


「武器を収めるなら、オレたちの仲間にしてやってもいいぞ」

「この期に及んで交渉の真似事か?」


 ソウヤは言い返した。


「こちらからの要求はひとつだ、よく聞け盗賊! 投降しろ!」


 命については……少なくともこの場では殺さないことは約束してやってもいい。その後のことは知らない。


「ガハハッ! 降伏なんかするかよ! てめえらがそういうつもりならしょうがねえ。てめえらこそ武器を捨てろ! こいつらの命が惜しければな!」


 盗賊ボスは、これ見よがしに拘束している娘たちに武器をちらつかせた。


 ――やっぱりきたか、人質作戦。


 ソウヤは、想定した通りの展開に唇の端を歪めた。


 ちなみに、盗賊の要求を受け入れるつもりはない。無抵抗となれば、そのまま殺され、人質もそのまま囚われたままで、事態は悪化以外にないのだ。


「爺さん……」


 事前に任せると言っておいたジンに呟くような声をかければ、老魔術師は確かな口調で応えた。


「ああ、派手に暴れていいぞ。人質は……こちらの手のうちだ!」


 その瞬間、盗賊たちに囚われていた人質の姿が一斉に消えた。まるで、初めから存在していなかったかのように。


 当然ながら、盗賊幹部たちは慌てた。


「どっ、どこに消えた!?」

「さて、ソウヤ」


 ジンが普段の調子で言った。


「人質たちは、こちらにいる。自由にやっていいぞ」

「応さ! ミスト、ガル、雑魚は任せるぞ」


 人質さえいなければ、もはや阻むものはない。ソウヤが正面から行き、ミストとガルはそれぞれ手近な下っ端盗賊へと挑む。


 動揺していたボス、そして幹部たちだが、ソウヤが向かってくるのを見て、それぞれ迎え撃つ構えをとった。


 腐っても盗賊の上層部。自身に迫る危険は自ら排除しようとする胆力は持ち合わせているようだった。


 だが――


「相手が悪かったなぁ!」


 幹部の振り回した剣をひらりと避けて、すれ違いざまにタッチ。そのまま時間制止空間へ収納。


 個々の戦闘力は低くなかったようで、他の幹部たちはもっとソウヤが手間取ると思っていた。


 だがソウヤがあまりに早く、流れるように懐に飛び込んでくるものだから、後ろの幹部たちは、呆気にとられたままアイテムボックスに片付けられた。


「おかしな技を使う奴!」


 盗賊のボスが二本の剣を手に斬りかかってきた。確か、ギルドで聞いた話では、アロガンテという名前だったとソウヤは記憶していた。


 右手に黒い剣、左手には赤い剣と、双方とも魔法剣の類いだろう。ソウヤは素早く斬鉄を抜き放ち、横合いから迫る剣に叩きつけた。


 するとソウヤの豪腕に耐えられず、アロガンテの右手の魔法剣がもぎ取られ吹き飛んだ。あまりに重い一撃に、アロガンテはよろめく。


「ぐおっ、何という力ァ!」

「せいっ!」


 返す剣をソウヤは叩き込む。アロガンテは左手の剣を構えて防ごうとするが、先の黒い剣同様、左の魔法剣を弾き飛ばされた。


 ――はい、これで丸腰ーって!?


 アロガンテの拳が、ソウヤの左頬に当たった。一瞬の油断。武器を奪ったと思ったところを、殴られた。


 それはアロガンテにとっては、たまたまだったのか、勢いだったのかはわからない。だがソウヤは、とっさに反撃のスイッチが入っていた。


 斬鉄を持つ腕を高速で、敵に叩きつけ……。


 ――やべ、これボスが死んじまう……!!


 ソウヤの馬鹿力が直撃すれば、いかに体格に優れようとも、人間が食らえば骨と臓器がミンチになるのは免れない。


 ――軌道修正、間に合うかっ……!?


 腕を伸ばして、斬鉄の斬撃コースを無理矢理変更。が、伸ばした腕が結果的に、アロガンテの喉元に当たり、ラリアットをぶちかます格好になる。


 アロガンテはひっくり返り、地面に背中から叩きつけられた。喉元の一撃は、さすがに復帰までにわずかながらのインターバルを作った。


 無理に伸ばしたせいで右腕を傷めてしまうソウヤ。だが相手が呻いているうちに、左手でアイテムボックスという名の牢獄へ送り込んだ。


「……くそ、手間取らせやがって」


 殴られた左頬が少し痛い。さらに腕にも少々の違和感。この程度の戦いで、負傷とか鈍ってるなとソウヤは思った。


 ボス、アロガンテと盗賊幹部をあらかた捕まえた。残りは――ソウヤが見渡せば、こちらもガルとミストが雑魚たちを一掃していた。


 そしてジンの周りには、人質にされていた娘たちがいた。老魔術師は、彼女たちの縄を魔法で解く。


「爺さん、どうやったんだ?」


 ソウヤは、盗賊たちから人質を消したマジックについて説明を求めると、ジンは鷹揚に答えた。


「一時的に霊体化させる魔法だよ。消えると同時に、この世から体も消えるから通常の武器では攻撃できなくなる。盗賊たちの視界から消した上で、彼女たちの安全を図る。一石二鳥の魔法だ」

「霊体……」


 それはつまり幽霊――いや、それ以上は、人質だった娘たちを脅えさせるだけだろうから自重した。


「ともあれ――」


 ミストが竜爪槍を肩に担いだ。


「これで依頼達成かしら?」

「アジトの調査と残敵がいないか確認したらな。ミスト、ガル、頼めるか?」

「了解した」


 ガルは頷き、ミストは苦笑した。


「はいはい、人使いが荒いことで」

「荒事は、大好きだろうミスト?」


 手をヒラヒラさせながら、ミストはガルに続いてアジトの捜索に向かった。


「こっちも後片付けといこう」


 ソウヤはジンに告げた。

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