第134話、師匠交代とプリン
銀の翼商会は、グラ村の被害に対して、復興のために少々の資材提供をした。領主の軍も来るというので、後は任せて早々に通常業務に復帰して移動する。
小集落に対する魔族の襲撃を王国側にも知らせる必要がある。敵の目的は不明だが、ここまで直接的な攻撃があった以上、何らかの対応が迫られることになるだろう。
さて、ジンを加えたことで、銀の翼商会でも色々変化が起きた。
まず、ソフィアが魔法を普通に扱えるようになった。魔法の使い方自体は、呪いを受けていた頃から勉強はしていた彼女である。
魔法が不足なく使えるようになり、実に楽しそうに魔法をぶっ放していた。
「だからって、はしゃぎ過ぎはよくないわねぇ」
ミストに膝枕されて、ソフィアは引きつった笑いを返した。
浮遊バイクの荷車の上、風を受けながらの移動。そんな彼女らの傍らでジンは言った。
「素質はあるし、今のままでも充分に強力だが、無駄が多いな」
「同感。人間の魔法って、なんでこう呪文に頼るのかしら」
ミストが肩をすくめた。
「ワタシは、この娘に呪文を使った魔法なんて、教えた覚えはないんだけれどね……」
「いや、呪文を使って魔法を行使するのが普通でしょ!?」
ソフィアが抗議するように言った。ただし膝枕されながらなので、いつもより元気はない。
「少なくとも、わたしの周りではそうだったわ」
「この世界ではそれが普通なのだろう。だが必ずしもそれが正しいとは限らない」
老魔術師が諭すように告げる。
「より実戦的な魔術師を目指すなら、さらに高みを目指さないとな」
「ミストから、変な魔法は教わったわ」
「なによ、変な魔法って!」
ミストが上からソフィアの額にデコピンを当てた。
「痛っ!」
「呪文なしで魔法が使えるワタシの素晴らしい魔法が理解できないなんて」
「無詠唱魔法は、一流と呼ばれる魔術師なら必須だろう」
ジンはミストの肩を持った。
「よい師ではないか」
「でしょ? そうよね。まあ、このワタシが教えたのだもの、当然よね」
ミストは調子に乗った。基本、おだてられるとその気になるのがドラゴン種の悪い癖でもある。
ソフィアは不機嫌な顔になる。
「でもやっぱり変なものは変よ。だって人間って吐息を魔法にしないでしょ、普通!」
ドラゴンブレス――竜の吐息。魔力が加わった強力な攻撃は敵をなぎ倒す。
呼吸の中の魔力も魔法に転用できると教わったソフィアは、それをトーチ程度で使うことができたが、呪い解除後、ドラゴンのそれを真似したら、人間ながらドラゴンブレスもどきの魔法を口から吐くことができるようになっていた。
それを目撃したソウヤから『怪獣みてぇだ』と言われたのが、若い娘には結構ショックだったらしい。
「確かに変わっているが……」
ジンは自身の髭を撫でつけた。
「私もやろうと思えば、たぶんできるだろう。……むしろ、無詠唱魔法を使うトレーニングに使えるな」
「どういうこと?」
「口から息を吐き出しているということは、呪文を唱えられないだろう?」
「あ……」
呪文絶対主義を覆す魔法。その証拠とも取れる魔法が存在している以上、ソフィアとて強く否定はできなかった。
「ねえ、ジン?」
「なんだね、ミスト嬢」
「あなた、この娘に魔法を教えてやらない?」
ミストは、じっとジンを見つめる。真剣そのものの目が、一瞬だけドラゴンのそれに変わるが、ジンはそれを見逃さなかった。
「私に彼女の師をやれと?」
「あなた、只者じゃないわね。ワタシ、人間の魔術師は大したことないと思っていたけれど、その認識はあなたは当てはまらなさそうなのよね」
「それは光栄だ」
老魔術師は笑ったが、目は鋭いままだった。ミストもまた同じだ。
「ワタシ、人間基準の魔法というのは、詳しくないから。あなたのほうで教えてあげなさいな」
「ふむ、乞われるなら教えるが、さてソフィア嬢。君は私から魔法を教わるつもりはあるかね?」
「教えてくれるの!?」
がばっ、とソフィアが身を起こした。ミストがジンを見ていたおかげで、顔がぶつかるという惨事は起きなかったが、ちょっと危なかった。
「魔族と戦った時、とてもかっこよかった! わたし、あんな風にできたらって思った……。その、いいの?」
魔術師ながら、剣を扱い魔族を退けた。特に巨漢のバルバロの大剣を跳ね返したのは、体格なども考えて魔法だろうと、ソフィアは考えていた。
自身にかけられていた呪いを解いてもらっただけでも、すでにジンの魔術師としての能力の高さは感じていた。
「わたしにも、あんな風に戦える魔術師になるかな?」
「それは君のやる気次第だ。その気持ちのある生徒なら歓迎だ」
ジンは鷹揚に頷いた。
かくて、ソフィアは正式にジンに弟子入りした。
魔法を使う力を取り戻した彼女は、ひとつの誓いを、この時決めた。
「家に帰る時は、超一流の魔術師になった時! それで家族や、わたしを馬鹿にした連中すべてを、ぐうの音も出ないほどに見返してやるんだから!」
・ ・ ・
「――ということで、ソフィアはまだしばらく、ここにいるわよ」
ミストからそう聞いて、ソウヤは空を見上げた。ただ今、休憩中。王都への街道の脇でジンが作ったオヤツのプリンを食している。
――あの爺さん、便利な魔道具いっぱい持ってるんだよな……。
そこは魔術師でありながら、日本からの転移者。コンロとか冷蔵庫とか、それを魔道具で再現して使っていた。
――このプリン、うめぇ……!
超久しぶりのカスタードプリンの味に、ソウヤは感動している。
――やっぱ、あの爺さん、引き入れて正解だ。
このデザートも出したら評判になるだろう。他にも銀の翼商会の食品系の品揃えが強化されるに違いない。
「ねえ、聞いてる? ソウヤ」
「……おう。ソフィアがまだここにいるって話だろう?」
いいんじゃないか、とソウヤは残り少ないプリンの欠片を木製の小さじですくう。
「何か不都合でもあるのか?」
「ないわよ。ワタシとしても、彼女がいると魔力を得られるし」
「……その契約、まだ生きていたんだ」
苦笑するソウヤ。
ともあれ、ソフィアは魔法が使えるようになったから実家に帰るかも、とは思っていた。だがその様子では、それはしばらく先のことになるようだった。
果たして、彼女がどのような魔術師に成長するのか、楽しみである。
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