第131話、放浪の魔術師と豚汁

 魔族の襲撃を受けたグラ村。一時的に逃げていた村人たちも、三々五々で戻ってきた。


 自分たちの家が無傷で安堵する家族。逆に家は家財道具が壊され、途方に暮れる者と、反応はそれぞれだった。


 怪我人も出たが、意外なことに死亡者はいなかった。


 夜の帳が下り、冷えてくる中、村人たちは、魔族に対する潜在的恐怖に苛まれていた。ここは温かい食事で少し落ち着いてもらおう――ソウヤたち、銀の翼商会は炊き出しを行った。


 こういう災厄の後のために、アイテムボックスに保存しておいた豚汁を出して、ソウヤは村人たちに振る舞った。気温の下がった夜に、ホッと息をつける温かな汁物の提供に、村人たちは食べた者から歓喜の声を上げた。


「うっま!」

「やっぱ旨いな、銀の翼商会さんのとこのスープ」


 どうやら以前、訪れた時に銀の翼商会の料理を食した者もいたようだ。湯気を立てる豚汁の輪が、広がっていく。


「お芋、大きい!」

「肉も入ってる! 毎日食べたいなこれ」


 大盛況だった。配膳を手伝うセイジも、村人たちの反応に、にっこりする。村人たちは魔族の攻撃から生き延びた反動で、テンションがおかしいのかもしれない。


 死者が出なかったことも影響しているだろう。複数人の死傷者が出ていれば、この場もお通夜モードだったことだろう。


 一方、銀の翼商会であるが、ガルが負傷した。デ・ラの鎌を胸に受け、ザックリとやられたが、獣人の再生力と、ポーションによる治癒効果で直に治りそうだった。それは幸いだった。


 ただ今はバッチリ夜なので、アイテムボックスハウスで養生してもらう。魔族の襲来の後だけに、村人を刺激することもない。


 村人の待避とその支援役だったセイジとソフィアに怪我はなし。ミストも無傷で、ソウヤ自身は、皮膚が少し切れる程度のかすり傷のみだった。


「さて……」


 今回の魔族の襲撃は、行き当たりばったりのものではなく、何らかの意図があったのは明確だ。


 攻撃が少人数だったこともだが、ただ殺すだけなら、もっと死者が出ていたはずだ。


 敵は取り逃がしたが、何か知っていそうな人物――ジンと会うことができた。


「ほう、豚汁か! これは旨そうだ」


 村人たちに配った後の、残りをジンにも渡す。ずずっ、と汁を吸い、一言。


「味噌ではないな。だがこれはまあまあ――」


 ――味噌を知っているのか、この人!


 ソウヤは、ジンの言葉を聞き逃さなかった。この世界では、今のところ味噌に出くわしたことがないソウヤである。どこかで作っている可能性もあるので、断言は時期尚早だが、もしかしたら異世界から召喚されたとか、そういう人ではないか。


 ――何気にこの人、マイ箸を使っているぞ。


 渡していないのに、箸を使って具を食べているジン。


 思えば、最初から規格外だった。魔族の、それも上級の敵を相手に互角以上に渡り合った実力も、かなりのものだ。いったい何者なのか。


 食事をしながらの情報交換。ジンは、放浪者と名乗った通り、色々な場所を回っていて、どこかに定住するでもなく、気ままな旅をしているのだという。


「世界は広い。あらゆる場所を見る、というのは生涯をかけても不可能だろう」


 そしてつい先日、以前に立ち寄った村を訪れたら、悲劇に遭遇したらしい。


 ソウヤたちがフルカ村で、村人が全滅していたのと同じ状況、光景が広がっていたのだ。


「村人全員が、魂を抜かれて死んでいた」

「魂……?」


 ソウヤは聞き返す。ジンは頷いた。


「そうだ。何故だかわからんが、魔族は人間の魂を集めている」

「魂を集めてどうしようっていうんだ……」


 フルカ村での不審な村人たちの死体は、魂を抜かれたためというのは理解したソウヤである。だがわからない。


「魂は、強い魔力のエネルギーだ。ひとりの魂でも、一生分の魔力と言えば、どれほどの力かは推して知るべし、といったところだろう」


 この老人は物知りだと、ソウヤは感心した。


「つまり、連中は魔力を集めているってことか?」

「そう考えるのが妥当だろう。そこらの獣の魔力よりも制御しやすい人間の魂をたくさん集めているところからして、ろくなものじゃないのは見当がつく」


 何かの強大な魔法の発動――たとえば、大破壊魔法とか、異世界から呼び出す召喚魔法、死者を現世に呼び戻す復活魔法などなど……。それらの生贄として人間を襲っている。


「確かに、やべぇ想像しかできないな」


 ソウヤは眉間にシワを寄せた。


「最近、魔族の動きが不気味ではあったんだ。今回のそれも、連中の暗躍しているひとつだな……。いったい何を企んでいるやら」


 王国にも知らせておいたほうがいい案件である。


「カマルの奴に知らせるか。王国のほうで調べてくれるだろう」

「カマルとは?」


 ジンが質問した。ソウヤは「古い友人だ」と答える。


「王国の諜報畑の人間だよ」

「それはいい。警戒するにこしたことはないからな」


 そこで、食べ終わったらしいジンがお椀を置いて、手を合わせた。


「ごちそうさまでした。豚汁をありがとう。美味しかった」

「どういたしまして。……つかぬ事を聞くが、あんた、日本人か?」


 当初より抱いていた疑問をぶつけてみる。ジンは落ち着き払って答えた。


「そうだ。そういう君も日本人かね、ソウヤ君」

「あぁ。あんたも異世界召喚された口かい?」

「……まあ、世界を超えてやってきた、という意味ではそうだ」


 ジンは微妙な言い回しをした。だがそれを突っ込む前に、老人は言った。


「それで、君たちはこれからどうするつもりかね?」

「どうとは?」

「銀の翼商会だったか、行商と聞いたが、君らはただの行商ではあるまい? 魔族とも互角以上に立ち回っていた」

「冒険者でもあるからな」


 お決まりの返しで、ただの商人ではないことをアピールする。


「大したものだ。だがこんな状況でもある。君らがこの先、どうアクションを起こすのか気になったのさ」

「個人の力なんて、高が知れてる」


 ソウヤは小さく首を振った。


「魔族の動きは気になるが、これまで通り商売しながら情報集めだな。今回みたいな襲撃があれば、駆けつけることもあるだろう」

「なるほど」


 ジンは、遠くを見る目になった。


「商人というのはリスクを回避するものだと思っていた」

「普通の商人じゃないんでね」


 皮肉げにソウヤは唇の端を吊り上げた。


「むしろ商売に関してはド素人。特に専門知識があるわけじゃねえ。ただ、目の前で苦しんでいる奴を見ると、助けてやらないとって思うわな」

「……なるほど、勇者の気質か」


 特に勇者と言ったわけではないが、ジンはそう表現した。うむ、と老人は頷いた。


「決めた。ソウヤ、もし迷惑でなければ、私も同行させてもらえないだろうか?」

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