第132話、生卵と魔術師

 自称、放浪の魔術師は、ソウヤたち銀の翼商会に同行したいと申し出た。当然ながら、ソウヤは首を傾げる。


「私としても魔族の行動は気にはなる。が、君の言う通り、私個人が動いたところで大きなことはできん。それに――」


 ジンは微笑した。


「ひとり旅も、少々寂しかったところだ。たまには、人数と行動しないとな。話し方を忘れてしまう」

「うちは、行商だぞ?」

「冒険者でもあるだろう? 腕前の証明は……必要あるかな?」

「いや、あんたほどの強者はそうはいない」


 上級魔族を、涼しい顔で撃退できる実力者だ。ミストやガルといった一級の戦闘員がいるので、これ以上必要なのかとも思うが、先ほどの戦闘を見る限り、今後魔族と事を構えるなら心強い。


「年の功、というわけではないが、それなりに知識もある。大抵の事なら、助言もできるだろう」


 老魔術師は目を細める。


 年長者の意見には耳を傾けるべし。ソウヤとしても、何か聞きたい時に相談できる相手がいるのは心強い。ミストはドラゴンとしての知識はあるが、人間社会や商売については凡人以下。セイジも商売のことは多少話せるし、大いに助けられているが、彼も専門家ではない。


 そう考えていたところで、ふとジンが自身のお腹をさすりはじめた。


「味噌汁を飲んだら、急に米が食べたくなったな。根っからの日本人だから。もしかして、君ら、米はないか?」


 唐突ではあったが、故郷の味が恋しくなる気持ちはわかる。特に異世界では。


「あるぞ、米なら」


 ソウヤはアイテムボックスから、おにぎりを出した。


「日本の米ではないがね。海苔はないが……」

「海苔か……それくらいなら、私が」


 そう言うと、ジンはパンと両手を合わせた。それを上下に開くと、四角に焼き海苔が一枚あった。


「手品か!?」


 思わず反応してしまうソウヤ。ジンはおにぎりをひとつ取り、手早く焼き海苔を巻いた。


「言っただろう? 私は、魔術師なのだよ」


 君もひとつどうかね? ――ジンがもう一枚、焼き海苔を出してみせた。受け取ったソウヤは、適当にちぎってみる。パリッといい音がした。その欠片を一口。


 ――これ、マジもんの海苔だ!


「ちなみに具は何かな?」

「焼肉だな。それ以外の具については、まだ考案中」


 梅干しとか昆布とか、そういうのを調達しないといけないが、そもそも梅干しなどあるのだろうか。


「焼肉のおにぎりか。まあ、なくはないだろうが、バリエーションが欲しくなるな」

「焼きおにぎりはあるぞ」


 ソウヤが言えば、ジンは目を丸くした。


「まさか、醤油があるのか……?」


 醤油があるとソウヤが認めると、老魔術師ジンは相好を崩した。


「米に醤油と来たら、卵かけご飯だな!」

「そいつは同感だ!」


 ソウヤは力強く同意したが、すぐに顔をしかめる。


「だが、この世界の卵は、人間が食するには、いささか早いというかな……」


 以前、同じ思考に達したソウヤである。卵かけご飯を食したが、腹を壊しかけた苦い記憶が残っている。


 日本では当たり前に食されている卵は、安心して食べることができるように品種改良を加えられて、ようやく完成したものだ。それに比べれば、この世界の人間からすれば生で卵を食べるなど、正気を疑われる行為と言える。


「卵なら私が用意しよう。何の卵かは……気にするだけ無駄だがね」


 海苔を出した時と同様、ジンが両手を合わせ、開いた瞬間、真っ白い殻の生卵が現れた。


「魔力で生成したものだ。食べても害はない。何故なら、魔力だからね」


 魔力で作った卵……。そんなこともできるのか――ソウヤは驚くが、ふと魔法カードみたいなものかと思い当たり、すぐに平静を取り戻した。


 銀の翼商会で試作中の魔法カードも魔力の塊である。卵や食べ物に変える方法があれば、食料供給に一石を投じる可能性も出てくるのではないか……?


「ソウヤ、材料は揃った」


 ジンの声に、ソウヤはいつの間にか沈んでいた思考の海から出た。


「安全な卵かけご飯を食べようじゃないか。話はその後でもよかろう」

「そうしよう」


 やはり忘れることができなかった卵かけご飯の魅力。前回食べて、腹を壊す危険性に直面し、以後二の足を踏んでいたが、簡単に諦められるものでもなかった。


 ソウヤは、ジンと、いつの間にかやってきたミストの三人で卵かけご飯を食べた。


 米と卵と醤油という三種の神器が揃い、それも安全に食べられるのなら本望だ――ソウヤは、ジンの採用をこの時、決めた。



  ・  ・  ・

 


 ソウヤは、仲間たちにジンを紹介した。年配者が加わることについて、他のメンバーにも一応意見を聞いておこうと思ったのだ。


 もちろん、聞くだけで、ソウヤの中では採用を覆すつもりはなかった。



 ミストさんの場合:料理のバリエーションが増える予感がするので採用。


 セイジの場合:知識が豊富で経験豊かな方は大歓迎です。僕も相談したい。


 ガルの場合:俺は構わない。


 ソフィアの場合:うーん……。でも、凄い魔法を使えるっぽいのよね……。教えてくれるなら、いいかなって思う。


 

 とのことだった。反対はなし。というわけで、銀の翼商会に一名、追加である。


 老魔術師は、穏やかな調子で言った。


「皆、ありがとう。もし何か困っていることや問題などがあれば、相談に乗ろう。解決の手掛かりくらいは示せるかもしれない」

「あ、はい! それなら、わたしからいい?」


 ソフィアが挙手した。


「わたし、呪いがかけられているせいで、魔法がうまく使えないの。あなた、相当な魔術師とみたわ。呪いの解き方とかしらない?」


 以前、王都の魔法学校で、シートスから呪いを解く手掛かりを聞いていたソフィアである。腕のよさそう魔術師なら、とりあえず聞いてみようという精神なのだろう。


「ほう……呪いか」


 ジンはあご髭に手を当てた。


「診断する前に解ける、などとは言えないが、物によってはできるかもしれない。どれ、診てあげよう」


 魔術師は快く応じた。


 ――おう、よかったな、ソフィア。


 ソウヤは彼女に視線を向けたが、立ち上がりかけたソフィアは、何故か顔を背けた。心なしか頬が赤くなっているような。


「……う、ぬ、脱がなくては駄目……?」


 うら若き乙女である。いくら呪いを診てもらうためとはいえ、男性に体を診せるのは抵抗があるのだろう。


 ソウヤはセイジと顔を見合わせた。――オレたちは退席しよう。


 ちなみに、ガルはアイテムボックスハウスに戻っている。当人たちで解決してもらおうと、ソウヤたちはそそくさと移動するのだった。

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