第79話、バロールの町の冒険者ギルドにて


 最大の目玉であった醤油の獲得に成功したソウヤたち。タルボット商会にご挨拶を果たし、港町で魚の買い物。


 といっても、特に何か特定のものではなく、市場や魚売りのお薦め魚を購入。醤油や塩をつけて食べたら美味しそうなものは、完全に自分たちの趣味だ。


 だが、それ以外は王都とかの内陸で、海の魚を見せて商売になるか反応を見る。


 冷凍保存技術が、魔法を除けば、ほぼ中世のそれと同じレベルの世界である。正直、海魚を見せてどうなるかは、出たとこ勝負感が拭えない。もし需要があるなら、その時は本格的に仕入れる方法を考えよう。


 マーク・タルボットには今後も醤油の生産を依頼して別れた。アイテムボックスを利用したポストの試験をやるために、彼にはアイテムボックスの他に、専用ポストを渡した。


 バロールの町にも冒険者ギルドがあると聞いたので、そちらにも顔見せをしておく。一応、冒険者でもあるから、もしかしたら今後仕事で絡むことがあるかもしれない。


 町の中心近くに冒険者ギルドがあったが、大きさはエイブルの町や王都の冒険者ギルドに比べると、小さい。どこか田舎の銀行みたいな雰囲気だ。


 依頼の掲示板があるのはお約束だが、ロビーが狭く感じる。


 ――ああ、ここ休憩所とか酒場がないからか。


 手狭な理由がわかったソウヤは、さほど待つことなく受付で挨拶をした。


 銀の翼商会だと名乗ったら、受付嬢に「あのヒュドラ殺しの」と言われた。地方の冒険者ギルドはあまり繋がりがないと聞いたが、噂は王国東部にも轟いていたようだった。


 行商のほか、運び屋とかやっているので、もし他の冒険者ギルドに連絡とか荷物があったらやりますよ、と、控えめな宣伝をしておく。


 ほぼ顔見せだけの予定なので、ソウヤはそのまま帰る。ここからは王都方面へ戻りつつ、行商の周回コースを回っていく予定だ。


 ――やっぱ、どこかにホームになる場所があったほうがいいのかなぁ。


 そんなことをボンヤリと考えていると、とあるカウンターから若い女の甲高い声が響いた。


「できない!? 冒険者ギルドって依頼を頼めるんじゃないの!?」


 入り口へ向かって歩いていたソウヤの、すぐ近くだった。


 きらめくような赤く長い髪の美少女だった。灰色の瞳、そして気の強そうな横顔。服装は上等な生地のマント、その下は魔術師のローブだろうか。右手には彼女の身長ほどもある大きな魔法の杖。


 一見すると、若い女魔術師である。


 ――何をもめてるんだ……?


 思わずソウヤの足が止まる。美少女が詰め寄る相手――ギルドの受付嬢は困惑の表情を浮かべながら言った。


「依頼を出されるのなら、雇う冒険者への報酬、仲介するギルドへ依頼料を出していただきませんと――」

「だから、お金はわたしを王都まで連れていってくれたら、って言ってるじゃない!」

「冒険者への報酬はそれでもいいですが、ギルドへの依頼料は出していただかないと」


 受付嬢も強い調子で言い返した。


 ――確かに、今のままじゃギルドだってお断りだろうな……。


 ソウヤはひとり頷く。


「身分を証明できるものを提示していただけない上に、口約束だけでは、報酬を冒険者たちに確約することができませんので――」

「わたしが嘘を言っていると!? なんて無礼な!」


 女魔術師は顔を紅潮させている。身につけているものが高価そうなのだが、ひょっとしたらこの娘は、貴族とか有力者の家の生まれかもしれない、とソウヤは思った。


「やんごとない御身分とおっしゃるのなら、せめて依頼料をお支払いいただけないでしょうか?」

「ぐっ……、今は手持ちがないのよ。でも、必ず着いたら払うから。ねえ、お願い――」

「残念ですが、こちらも仕事ですので」


 受付嬢は、もうこれ以上、話すことはないと席を立った。ひとり残された女魔術師は「ちょっと! 待ちなさいよ!」と喚いたが、ギルド職員は誰も対応しなかった。


 ――そりゃ慈善団体じゃないかなぁ、冒険者ギルドも。


 ソウヤは首をかしげれば、少女と目が合った。


「何よ?」


 威圧するように睨まれた。


 ――はて、この顔、どこかで見たような。……いや会ったことはない。でもどこかで見たような……うーん。


 考えるソウヤだが、答えは出なかった。もしかしたら、勇者時代に見かけた人に似ている、とか……。


「あなた、冒険者?」


 女魔術師が問うたので、ソウヤは淡々と答えた。


「行商。ついでに冒険者」


 正面から見ると、少女の胸の膨らみが相当だとより実感。ここで下手に顔に出すと、勘違いされそうなので、敢えてポーカーフェイス。


「行商……?」

「ああ。色々な場所へ行って、商売してる」

「……冒険者とも言ったわね?」

「言った」


 ここまで来ると、内容を聞かなくても、ほぼお察しのソウヤ。案の定というべきか、魔術師の少女は、腰に手を当ててソウヤを見上げた。


「王都に行かなきゃいけないの。連れていって」

「わかった」


 即答である。どうせ王都方面に行くのだ。全然、構わないソウヤだった。何やら困っているようだし、そうなるとつい助けてしまうのがソウヤという男だった。


 少女は続ける。


「報酬は今すぐ払えないけど、王都に着いたら……え? わかったって?」


 少女はビックリして目を見開いている。


「だから、王都へ行きたいんだろ? いいよ、うちの商会が連れていってやる」


 ソウヤは歩き出す。


 ――しかし、よくもまあ、出会ったばかりの冒険者を信用してお願いできるものだ……。


 だが少女がついてこないのに気づき、ソウヤは振り返る。


「来ないのか? それとも今さら、怖じ気づいた?」

「だ、誰が怖じ気づくものですか!」


 少女はソウヤのすぐ後ろに追いつく。


「でもいいの? 報酬、後払いになるけど?」

「構わんさ。王都も立ち寄るからな」

「ふうん。……実は、案内するフリをして、私を罠にかけるつもりじゃないわよね?」

「それ、本人の前で言う?」


 ソウヤは苦笑した。


「もし、オレがその悪党だったら、素直に『うん』と言うわけないだろうに」

「それは……そうかもしれないけど」


 女魔術師は眉をひそめる。


「それよりカウンターに行かなくていいの? 依頼を受けないと――」

「そもそも、あんた、依頼出せないだろ? 気にしないよ」


 ソウヤは、そこで気づく。


「そういえば、名乗ってなかったな。オレは銀の翼商会のソウヤ」

「ソフィア・グラ――いえ、ソフィアよ。王都までよろしく、行商さん」


 女魔術師――ソフィアは快活な笑みを浮かべた。


「……えっと、今、ソウヤって言った? それ本名?」

「そう、某勇者と同じ名前だ」

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