第69話、借金は返すもの
タルボットの醸造蔵。ソウヤは、十年ぶりに再会したマーク・タルボットが借金をしていたことを聞いた。
醤油開発のための資金が不足して借金をした――かと思えば、そんなこともなく、知り合いの――おそらく親しい女性の家族を救うためだったという。
「治療費ねぇ。……教会の僧侶さんの治癒魔法じゃ駄目だったのか」
相当の難病だったようだ。魔法のある世界でも、何でも魔法で解決するわけではない。
ソウヤは小首を傾げる。
「でもタルボットよ。お前んち、貿易商だろう? 金を借りるにしても、家から借り……れなかったんだな、そうだろ?」
家から借りられれば、そもそも金貸しから借りたりしないだろう。
「親父は、僕が家を飛び出してショーユ作りをしているのが気に入らないんです。勝手にやれ、だが金は出さない……そういう約束なので」
「……それに、好きな女の家族のための金なら余計に、ってことか」
「す、好きなって」
途端に赤面して、視線を逸らすタルボット。この反応、二十八にもなって初心過ぎではないか。
「と、とにかく、実家を頼ったら、間違いなく醤油作りを辞めさせられます!」
それは困る――ソウヤは唸った。
とりあえず、フランコ・アイアン商会から金を借りて、治療費の件はどうにかなった。
しかし、醤油開発はすれど、借りた金を返す目処が付かず、先方はヤクザ紛いの行為に及んで取り立てにきた、と。
「で、いくら借りたの? 借用書ある?」
「金貨100枚です」
「うわっ、高っ!」
一般人の年収の数年分。下手したら十年分くらいの額である。
――治療費の額パネェ。普通の人じゃ、手が出ないだろ、それ。
本来は、よほどの金持ちや貴族、王族を相手に治療を行う医者なのではないだろうか。
――タルボットの実家なら、まあ払えなくはないだろうが……。
貸すほうも貸すほうだが、おそらくタルボットの実家のネームバリューがあればこそだ。額が額である。返済見込みがなければ、さすがに貸さないはずだ。
「これが借用書です」
タルボットが丸めた羊皮紙を広げた。ソウヤはそれを拝見する。
――書式は整っているようだな……。誰が誰に借りて、幾ら借りて、利子が幾らで………いつまでに返済して、返済できなかった場合は……。
ソウヤは、借用書から顔を上げた。
「返済期限から一カ月過ぎてなお返済されない場合、お前、労働奴隷になることになっているんだが?」
「はい。ちなみに、返済期限は三日前です……」
――過ぎてんじゃねえか!
「返す宛ては?」
「……厳しいです。何とか半分は……でも残りと利子分は……」
一応、返すための努力はしていたようだ。まったく宛てがないのに借りたら、詐欺も同然である。
とはいえ、現状はよろしくない。ソウヤは唸る。
借金が返せずに奴隷落ちするというのは、この世界では特別珍しいことではない。
しかし、そうなると、ひとつ腑に落ちないことがある。
何故、返済期限過ぎたら、即奴隷落ちではないのだろうか? 返済期限にさらに一カ月の猶予とか、意味がわからない。
即時に、私財没収で、奴隷にしてしまったほうが早いのではないか? 何故、そんな条件の借用書になっているのか。
――ひょっとして、タルボットの実家の金を期待しているのか?
家を出ているとはいえ、勘当されたわけではなく、繋がりが残っている。息子が借金で危機とあれば、家族が代わりに支払うのを期待しているとか……?
――いや、それなら、直接、実家の貿易商のほうへ行ったほうが早くないか?
つまり、そっちにも行った。だが断られた。しかし是が非でも金を取り立てたいから、タルボット当人にその気にさせるために、蔵で暴れたと。息子が直接、家に泣きつけば実家も金を出すのではないか。
初めから、タルボット本人に返済能力がないのに高額の金貸しとか、フランコ・アイアン商会は、中々にアコギなことをする。
今回の件での解決策は、もちろん借金を返済することだ。が、問題となるのは『誰が』その金を出すか、である。
ソウヤは借用書を机の上に置いた。
「ところでタルボット君。醤油のほうの出来はどうだい? 地元の漁師さんが、醤油を使っていたから、モノは完成しているんだろう?」
「はい、もちろんです!」
それまでしょげていたタルボットが、急に目を輝かせた。
「たまり、濃口、甘口、淡口の四種が完成しています。ソウヤさんから聞いた、白をいまを作ってるところです」
「凄いな! そこまで作り上げたのか!」
これは嬉しい報告だ。この十年の間に、よくぞやってくれた。
醤油と一口にいっても、地方によって違うものだ。関東と関西では濃さが違うといわれるのは有名な話だが、それ以外にもバリエーションがあって、料理や食材によって向き不向きが存在する。
勇者時代に話して、どれかひとつでも醤油らしきものが作れればと思っていたが、タルボットは数種の醤油の開発に成功したのだ。
「よくやった! よし、後は任せろ!」
「いえいえ……え?」
キョトンとするタルボット。
「後は任せろ、とは……?」
「お前の借金だよ。フランコ・アイアン商会とは、オレが話をつけてきてやる!」
せっかく異世界で作り上げた醤油だ。むざむざ失われるようなことはしない。
――ま、醤油うんぬんはともかく、借金の理由を聞いちまったからな。何とかしてやりたいってのが人情ってもんだ。
・ ・ ・
かくて時系列は戻る。醤油蔵を襲撃した奴を小突いて、ソウヤとミストはフランコ・アイアン商会に乗り込んだ。
ちなみに、タルボット本人は、セイジと醤油蔵の片付けをやっている。
マーク・タルボットの借金を返済にきたと要件を告げたら、責任者のもとに通され、マイオ・フランコで面談となった。
フランコ・アイアン商会の社員を叩きのめした、醤油蔵で暴れたどうこうの牽制ののち、本題に入る。
「で、マーク・タルボットの借金を、おたくが返すってことだが?」
「うーん、少し違う。オレたち銀の翼商会が買い付けた商品の代金を、借金の返済に充てるということだ」
「……まあ、金は金だ。そっちの金がどういう経緯の金かは、大した問題じゃない」
マイオ・フランコは、ブルドッグのような顔を厳めしい顔を向けた。
「金貨150枚だ」
――ふっかけてきたぁ。
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