第56話、スタンピードに挑む者


 セイジは、過去に一度、ダンジョンスタンピードを経験していた。


 両親を失い、孤児院で暮らしていた時の話だ。エイブルの町をダンジョンスタンピードが襲った。


 スタンピードの兆候あり。王都からの増援が到着する前にモンスターが大挙、ダンジョンから出てきた。


 冒険者たちが必死の防戦を展開したが、モンスターは町に入り込んでしまった。住民が避難を開始した直後だった。折り悪く、避難中の住民がモンスターに襲われてしまったのだ。


 セイジは孤児院の子供たちと一緒に出たところだった。


 孤児たちの親は、冒険者だった。だから実際に親の顔も覚えていない子だとしても、みな自分の親は、強くて格好いい冒険者だと信じて疑わなかった。……そう思うことで、家族を失った心の傷を埋めていたのかもしれない。


 セイジも、そんな冒険者に憧れるひとりだった。子供たちは将来、冒険者を目指し、いつか冒険者として死を迎えた時、先に逝った親に胸を張って報告できるように、互いに頑張って日々を生きていた。


 だが、そんな子供たちを、ダンジョンスタンピードが無残にもその命を奪っていった。セイジは生き残った一人だが、親しかった幼なじみ、弟のように面倒を見ていた年下の子を失った。


 強い冒険者に――そのスタートに立つことなく、絶たれた命。彼らの分も、生き残った者たちで冒険者になって活躍する。それはセイジたちにとって使命となった。


『セイジにいちゃん。ボク、絶対に冒険者になるよ!』


 今は亡き孤児たちの笑顔や言葉がよぎる。セイジは胸が締め付けられる。


 孤児院を出て、冒険者になった。だが、強い冒険者になるというのは簡単なものではなかった。武器も魔法も、才能がなくて、使いパシリのように雑用ばかりをやり、格好いいとはほど遠い生活。


 だが、その憧れの冒険者に出会った。強くて、格好よくて、とても面倒見がいい元勇者。彼のパーティーに入れてもらって、仕事をしつつ強くなるための訓練をさせてもらった。


 ――僕も、強くなりたい……!


 だが現実はどうだ? ダンジョンスタンピードが起きている。またあの悲劇が繰り返されるかもしれない時に、非力だからと待避するように言われた。


 無力。


 それは自分でもわかっている。だからこそ、たまらなく悔しい。


「坊主、大丈夫か?」


 ふと声をかけられ、セイジは振り返る。


「ドレイク、さん……」


 調査隊リーダーにして、上位ランクの冒険者がじっとセイジを見ていた。すでに仲間たちに負傷者の搬送の指示を出していた彼は、銀の翼商会で唯一、調査隊と共に下がるセイジに声をかけたのだ。


「どこかやられたか?」

「いえ……僕は、大丈夫です」

「その割には、眉間にしわが寄っていたぞ」


 五十代というと、セイジからしたら祖父くらいになる。そんなベテラン冒険者に気遣われ、本来なら憧れで緊張も興奮もしたのだろうが、今はそんな気分になれない。


「役に立てないことが、悔しくて」


 つい本音を漏らしていた。いつもなら「何でもないです」とやり過ごしていただろう。だが今、セイジの内心は嵐が吹き荒れているように不安定だった。


「お前は役に立っていると思うがね」


 ドレイクは顎に手を当てながらそう言った。


「怪我人の手当てや、細かなところで、俺たちは助けられたぞ」

「いや、その……そういうんじゃなくて――」


 ダンジョンスタンピードが目の前にあるのに、戦えない自分。


「ふがいなくって」

「戦えないことがか?」


 ふむ、とドレイクは考え深げにセイジを足先から頭のてっぺんまで見た。


「お前、剣は使えるか?」

「いいえ、教わっている最中です」

「もっと強くなりたいか?」

「もちろんです」


 即答するセイジ。その反応を見たドレイクは頷いた。


「一人前に悔しがれるなら、お前は強くなれるだろうよ。そういう顔をしている。だが今ではない」


 セイジは、ドレイクの言葉に、若干がっかりしたものを感じる。今ではない――この無力で、どうしようもない気持ちは晴れないということだ。


「とにかく生き延びることだ。……お前の将来がとても楽しみだ」


 ぽん、とセイジの肩を叩き、ドレイクは歩を進めた。



  ・  ・  ・



 ソウヤとミストはダンジョンの奥へと進んでいた。斜面を下っていくと、大きく開けた空間に出て、高台のようになっていた。そこから下に圧倒的多数のモンスターがひしめいているのが見える。


 ソウヤたちは、岩場を盾にするように隠れてまずは観察。


 狼、いや犬頭の人型モンスターが、手に棒や斧、剣などを持っていて、すでに一部が動き出している。


「コボルトだ」


 人型モンスターではあるが、ゴブリンに毛が生えた程度で、オークやリザードマンに比べると格下だ。だが数が多く、集団で行動する上に、多少の武器を扱うことができる器用さを持っている。少々鼻がきくが、蛮族みたいなものである。


「しかし、それにしては、体格がいいな。普通のコボルトより発達しているような……」

「魔族が何かしたんじゃないの?」


 ミストは唸るように言った。


「あいつらが、ここで人工的なスタンピードを起こそうとしていたのなら、他にも何かしらやっていても不思議はないわ」

「そうポンポンとスタンピードを起こされたら、たまらんのだがなぁ」


 そもそも、スタンピードを人工的に起こすとはどうやるのか。ソウヤにはさっぱりだったが、それ以上考えるのはやめた。


 今はそれはどうでもいいことだ。


「個々は弱いから一対一ならまず、負けないんだが、何せ数が多すぎる」


 戦いは数だよ、と、とあるアニメで聞いたことがある。いかに質が優れていようとも多数の敵を相手にすれば、最初は圧倒していても、次第に疲れて、矢尽き刀折れる。


「ひとつずつ潰していくのも芸がないな」

「そう? 何体倒せるか、競争するのも一興だと思うけど?」


 挑発するように笑みをこぼすミスト。こんな時でも、緊張を感じさせないその横顔。大群を前にむしろ戦えることが楽しそうである。


「へばったらお終いだ。……案外、脳筋なんだな、お前って」


 敵は掃いて捨てるほどいる。いちいち数えていられない。


「できるだけ、楽して数を減らしていきたいな」


 そのためには、ミストの力に大いに頼るところになる。


「ミスト、お前、ブレス撃てる?」

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