第16話、調達のためのクエスト遂行
物を売るには、その物が必要。品物を調達しなければならない。
冒険者を兼ねることは、そういう品物調達や必要とされる物を知るためという側面が強い。
「それで、何を売るの?」
「何でもだ」
ソウヤはミストの問いに答えた。
ただいま王都の外。その近郊の森である。
「本格的な行商を始めたら、食料とかポーションとかの医薬品を、辺境集落とかに持っていきたい。ただ、いずれは欲しいものは何でも手に入る――そういう商売をしたいと思ってる」
それが物であるなら何でも売るよ!――価値がなさそうに見えて、案外どこでそれを必要としているかわからない。物がないところに「こういうのが欲しいんだが……」と相談された時に『あるよ!』と応えたい。
普通の行商にはそれは無理だ。持ち運べる量に限りがあるからだ。いや、王都のでかい店だって、全部の品を陳列することはできない。
だが容量無限のアイテムボックスなら、それが可能だ。
「だから落ちているものは、基本的に全部拾っていくつもりでやっていく。薬草とか果実とかも、腐らないから大丈夫だ」
不意に、茂みが揺れた。顔を出したのは――
「イノシシよ!」
「来るなら潰す!」
ソウヤが身構えると、イノシシは突っ込んできた。何もしなければ襲いかかってくることはない獣だが、どうやら今日はご機嫌がよろしくないようだ。――てめぇがやる気なら迎え撃つまでだ!
斬鉄を取る。突進を得意とするイノシシのそれは、直撃すれば大の大人も肉食獣も吹き飛ぶ。――が、遅すぎるんだよなぁっ!
素人には素早い突進も、様々な魔獣と戦い慣れているソウヤには、待っている余裕があった。
本来なら隙ができるからと、あまりやらない力を溜めての一撃を叩き込む。轟音と共にイノシシの突進が完全に止まった。というより力任せに脳天を叩いた斬鉄は、そのままイノシシの頭部をぐちゃぐちゃに潰して、地面に叩きつけたのだ。
うげぇ、とミストが、その麗しい顔立ちに似合わない声を上げた。
「ソウヤ、どれだけ力入れたのよ……」
「突っ込んでくるのが悪い」
頭がミンチより酷い状態のイノシシの遺体をアイテムボックスに収納する。
普通なら討伐部位だけを切り取って、現場で最低限の解体のち、持ちきれないものは捨てる。だがアイテムボックスはその限りではない。思いがけないものでも、とりあえずキープができる。
「……この近くに住処でもあったのかもな」
それなら向かってきた理由も頷ける。
ミストが両手を腰に手を当てる。
「そんなにのべつ幕なしに取っていると、アイテムボックスがゴミ溜めになっちゃうんじゃない?」
いわゆる不良在庫ってやつだな――ソウヤは口もとを緩めた。
「そうなったら処分すればいいさ」
ソウヤが処分したいものを選べば、即アイテムボックス内で処理ができる。外にわざわざ出したり、誰かに廃棄を依頼することもないから、処理費用もかからない。
「さあ、ドンドン行くぞ!」
・ ・ ・
それから数日、ソウヤとミストは王都に滞在した。ちなみに宿は、ギルドの紹介で冒険者用の宿を取れた。宿泊費は控えめで、初級冒険者には助かるだろう。
ベヒーモス素材を売ったお金があるソウヤにとっては、そこまで気にする額でもないが、節約できるところはしておくべきだろう。
冒険者ギルドの初歩的クエストを三回を難なくクリアし、名実ともにEランク冒険者となった。
もっとも、ソウヤの本音は商品の現地調達だから、魔獣を狩ったり、薬草などを採集したりして、アイテムボックス内の在庫を増やしていった。
こちとら、売りは新鮮さと物の豊富さ! と言いつつ、レアものも商品として扱いたいとソウヤは考えている。
いまそのレアものには、ベヒーモス素材と、ミストからもらった霧竜の鱗と、ドラゴン水――要するにミストの風呂の残り湯だ。彼女が売り物リストに強く推すから、仕方なく、である。
クエストを果たすうち、冒険者ギルドの施設の利用ややり方を学んでいった。討伐した魔獣の部位の買い取りとか、ギルドで解体をする場合とか。
ギルドには持ち込んだ魔獣などの解体場がある。だがアイテムボックス持ちでもない限り、ほとんど持ち帰ってくることがないので、そこまで忙しくなさそうだった。
さて、クエストだが、実入りのいいクエストは早々に冒険者たちの取り合いでなくなる。彼らも生活がかかっているから、条件のいい仕事はすぐになくなってしまうのだ。
金銭に余裕があるソウヤたちは、報酬の安い不人気依頼を中心にこなしていった。クエストを受ける目的が素材集めが主だから、報酬面ではあまりよくなくても構わないのだ。
そんなことばかりしていたら、ギルドの職員さんの態度が軟化した。残り物クエストを掃除するが如く処理してくれるからだ。
不人気依頼は、ギルドとしても頭の痛い問題で、受注してもらえないとギルドの運営にも影響する。あのギルドは仕事を頼んでも処理してくれない――それが悪評となるのは困るのだ。
低ランク冒険者の地味仕事を片づけてくれるソウヤのような殊勝な人間は、ギルドとしても贔屓したいのだ。
だが、低ランクなのにギルド職員の顔色がよい対応ばかりされていると、それを見ていた他の冒険者から目をつけられることになった。
残りクエストを処理する程度しか能力のない冒険者、などという陰口と共に、美少女連れのソウヤに、喧嘩を売る先輩冒険者が現れたのだ。
「殺すぞ」
そう言ったのはミストを誘ってソウヤに嫌みをぶつけた冒険者――ではなく、ミストだった。
彼女は笑顔のまま、喧嘩を売ってきた冒険者の顔に自身の顔をよせ、その顎を猫をあやすようにくすぐった。
「消えなさい。それとも昇天するのがお望みかしら?」
くすぐられてニヤついたその冒険者は、次の瞬間、ミストの手に首をつかまれ絞められた。その細腕のどこに力があるのかわからないほど、あっという間に大の男が膝をつき、酸素を求めてもがく。拘束を手ではがそうとするがビクともしない。
「おい!」
「放せ、このアマ!」
その冒険者の仲間が、ミストに挑むが、彼女はその赤い目を輝かせてひと睨み。
ダン、と床を踏みしめる音が響き、殺気込みのすさまじい闘気が迸った。
「ひれ伏せ、クズども!」
竜の威圧が、男たちから根こそぎ敵意の感情を吹き飛ばした。恐怖の感情に支配され、男たちはへたり込む。
ソウヤは頭を抱えた。――ミストって、オレより沸点の低いんだよな。
ドラゴンだから。我慢などするはずがない。
「あー、ミスト、その辺で許してやれよ」
フロア中の冒険者たちに注目されていた。恐れおののく者たちも少なくないだろう。
「ソウヤはいいの?」
「まあ、この程度なら」
「ふうん。……あなたたち運がいいわね」
威圧を解除しながら、ミストはソウヤに身を寄せた。――あー、よしよし。
「ソウヤを怒らせたら、斬鉄で肉片にされてるわよ。知ってる? この人、これでイノシシやクマをミンチにするくらい力持ちなのよ」
宣伝をどうも――ミストを抱きかかえて、ソウヤはギルドの正面フロアを後にする。
最初に貶されたのはソウヤだが、それに対して怒ってくれたミストには悪い感情など抱けるはずもなかった。
晩ご飯は、彼女の好みのベヒーモスステーキにしてあげよう――そう思うソウヤだった。
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