第14話、王都ポレリア


 エンネア王国の王都に入るための審査待ちの列に並ぶソウヤとミストは、カルファという行商男性と話をして時間を潰していた。

 今は、カルファが扱っている商品、マクトミの実のお値段の話。


「金貨一枚なら……そうだな、十五個くらいじゃないかな」


 金貨一枚は銀貨だと百枚。ちなみに銀貨一枚は銅貨百枚となっている。マクトミの実一個で、六銀貨六六銅貨ということか――労働者の一日分の給料より、少し高い。なるほど、そこそこ高級品か。


「ひょっとして、買ってくれるのかい?」

「ああ。金貨一枚出すが十個でいい。残りは色々教えてくれた礼ってことで」

「ほっ! 気前がいいねぇ。ありがとよ。……おっとお金のやりとりは、門をくぐったらにしよう。門番の前で金をちらつかせるもんじゃないぜ」


 その助言はありがたく受け取っておく。行商についてしばし雑談し、ようやく順番がきた。


 王都に入るための審査を受けて、通行料として銀貨二枚、二人で四枚支払った。今はお金があるからいいが、ギリギリの生活をしている場合、結構な額だとソウヤは思った。


 なお、勇者時代は王都に入る時、金を取られることはなかった。


 マクトミの実を買うため、カルファを待つが、こちらの審査はほとんどすぐ終わった。しかも銀貨二枚で、彼と護衛の冒険者二人は通過。


「こっちの半分!」


 ソウヤとミストの通行料を見ていたらしいカルファは、ニヤニヤして合流。さっそくマクトミの実の売買。


「冒険者は、安く通れるんだよ」


 種明かしをするカルファ。


「王都外の冒険者の場合、ランクによって差はあるが、だいたい一人銅貨五十。王都ギルド発行の依頼書を持っている場合は、タダで通れたりする」

「でもあなたも、銀貨一枚で通ったわよね?」


 ミストがやや不満そうに指摘すると、カルファは――


「まあまあ、そう怒りなさんな、可愛いお嬢さん。俺はマッシナ伯爵領で発行された行商人証明を持っていたから、通行料を安くしてもらえたの」

「行商人証明?」

「そう、地元の貴族が取引がある商人に出しているんだ。『この者の身分は、マッシナ伯爵が保証する!』ってやつだ」


 へぇ、そういうのもあるんだな――ソウヤは感心した。


「貴族が信用している者にしか発行されないから、身分証になるってことだな。その代わり、何かこっちでトラブルがあれば、伯爵様にご迷惑がかかるから、やたらめったな事はできないがね」


 貴族が保証している人物だから、王都や都市に入るための通行料も割安となる。

 そもそもこの手の通行料が高いのは、税金獲得のほかに、得体の知れない者を無制限にいれないようにするための措置だったりする。余所から来た貧民や犯罪者の侵入を阻止することで、犯罪率を下げようというのだ。


 一方で、町の住人や仕事で出入りする人間は、身分証や仕事証明を提示すれば通行料を免除されたり、大幅に値下げされる。彼らにまで高い通行料を課すとその仕事を潰して、王都の生活に悪影響が出るからである。


 要するに、ちゃんと身分を証明できるなら、通行料は抑えられるのだ。


 ――こりゃ、ますます何らかの身分証明が欲しいなぁ。


 しかし、商業ギルドには入れないソウヤである。どこかの有力者に証明になるようなものを発行してもらう手もあるが、勇者時代のそれは、『死んでいる』ことになっている手前難しい。


 ――となると、冒険者ギルドかな。


 ソウヤは、カルファの同伴者――談笑している二人の冒険者を見やる。王都外の冒険者ということだが、通行料は一人銅貨五十枚。普通に通行すれば銀貨二枚かかるのだから、むしろ、取らないほうが損というものだろう。


「じゃ、冒険者ギルドのほうに当たってみるかな」

「そうかい。まあ、思いつきでなるようなものじゃないんだがな、冒険者ってのは。なあ、お前たちはどう思う?」


 カルファが、連れの冒険者たちに振り返る。


「ま、ギルドで金さえ払えば、冒険者にはなれますがね」


 四十代の髭面の戦士が答えた。


「でもまあ、ソウヤだっけ? お前、力ありそうだよな、ガタイもいい。そこらの新人より強いんじゃないかな」

「どうも」


 勇者でした――とは、さすがに言えない。ミストは当然と言いたげに胸を張った。――何でお前が偉そうにしてるの? ねえ?


 気を取り直して、冒険者ギルドへ行くことにする。髭面の冒険者――ジャンと名乗った彼が、王都冒険者ギルドの場所を教えてくれたので、ソウヤとミストはそちらを目指す。


「大きな町ね。さすが王都というだけあるわ」


 ミストが興味深そうに視線をやりながら、人で溢れた町並みを眺める。


 オレンジ屋根の小洒落た三回建ての民家が建ち並ぶ。多くの人々が行き交い、商売をする声や、喧噪などが混ざり合う。少々うるさいくらいだ。


「音の洪水ね」

「面白い例えだ」


 ソウヤは、久しぶりの王都の様子を見ながら、それとなく警戒する。この世界は、日本のような安全ではなく、ちょっとした油断でスリなどに合う。しかも、こう雑多に人が多いと、人と人の距離が近くなりがちで、接触することも珍しくない。


 現役冒険者から強そう評価のソウヤは、ともかくドレス姿のミストは、お金を持っていそうで、狙われやすいのではないか。


 ――ま、彼女はお金持っていないんだけどな……。


 全部、ソウヤが持っている。何せ、ミストはドラゴンだから。


「これだけ人が多いのは初めてじゃないか?」

「近くで見るのはね。空を飛んで王都の上を通過したことはあるわ」


 ミストドラゴンとして、だろう。それはさぞ王都の住人も驚いたと思う。白きドラゴンが飛来というだけで、大騒ぎになるに違いない。


「ところで、ソウヤ。ワタシも冒険者とやらになれるのかしら?」

「はい?」


 ソウヤは目を丸くした。


 美少女の姿をしているが、彼女はドラゴンである。それも有名なミストドラゴンだ。にもかかわらず、人間の職業になりたいと言う。


「それ本気?」

「ええ、もちろん。だって考えてご覧なさいよ。冒険者になったら通行税とか取られるお金が減るんでしょう? あなたと一緒にいるワタシの分だって取られるんだから、身分証になるものはあったほうがいいでしょ?」

「そりゃそうだが……」

「何? ご不満?」


 不満というか――ソウヤはポリポリと頭をかいた。


「お前が美少女過ぎて、冒険者ってイメージ湧かないんだよなぁ……」

「あら、ありがと」


 ミストがウインクを寄越した。


「でも忘れた? ワタシ、この姿でもベヒーモスを蹴散らせるほど強いわよ?」


 そう言えば、霧の谷で再会した時、戦乙女の姿をしたミストが、ベヒーモスの脳天を槍で貫いていた。ソウヤはポンと手を叩いた。


「そうだな。問題ない」


 問題があるとすれば、その実力をどう証明するか。


 今のままだと、おそらく実力の分からない連中が絡んでくるだろうことは容易に想像できた。……勇者時代の話だが、冒険者は結構荒くれ者が多いという印象がある。


 ――ま、何かあったら守ってやればいいか。


 冒険者になれさえすれば、別にそこで何かしら披露することもないのだから。

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