第6話、まずは商品を集めるのです
霧の谷で、ソウヤはミストドラゴンことミストと行動を共にすることになった。
とりあえず、倒したベヒーモスの死体を保存も兼ねて、アイテムボックスに収納する。そうやって体を動かしている間に、ソウヤは今後の話をした。
「へえ、商人ね」
くすくす、とミストは笑った。
「何がおかしい?」
「別にー。ただ、ソウヤって勇者だったわけじゃない? その実力は魔王を打ち倒すほどなんだから、戦士としてやっていったほうが人間たちの社会でも思うがままじゃない?」
「人間社会ってのは、ただ腕っ節が強いだけじゃ駄目なんだよ」
王族とか貴族とかの身分もあれば、政治とか小難しいものも付きまとう。武術大会で優勝したら王様になれるとか、そういうものでもない。
それに、一応勇者は死んだことになっているから、騎士団に入るとかそういうのはなしの方向で。
「色々考えて、自分の腕っ節以外の特技と言ったら、アイテムボックスだろうって結論が出たわけだ。なら、こいつを使って行商したり、運び屋やるってのがいいかなってさ」
「ふうん。ワタシは商売っていうのがよくわかってないんだけど」
「オレだって、その道のプロじゃないけどね」
何事にも最初はある、とソウヤは思っている。失敗だってするだろう。だが魔王討伐に比べたら、どうってことはない。
「それで、何を扱うの?」
「そうだなぁ、とりあえず魔獣狩って得た素材とか、拾いモノの武器とか売って金にして、将来は、アイテムボックス内に色んな商品を扱う何でも屋みたいなものをやりたいな」
例えるなら、移動式異世界コンビニ的な。
ソウヤの元を訪ねれば、大抵のものが手に入るみたいな店にする。その何でも屋が地方などを移動して、行商するって結構狙い目だと思うのだ。
何せ、個人の行商なんて、運べる量や品が限られるし、道中出没する盗賊とか魔獣とか危険も多い。
元勇者として力があれば、道中の危険は返り討ちにできるし、アイテムボックスで品も量も豊富なら、お役立ち間違いなしである。場合によっては、輸送業も兼ねることができるかもしれない。
「そのためにも、まずは仕入れだな!」
お金は手元に残っていない。勇者時代のお金は、魔王討伐と仲間たちとの共同軍資金だから、占有して、あまつさえ勝手に使うわけにはいかなかった。だからアンドルフたちの元に置いてきた。
少しだけ拝借したが、そこは『共同』ということで大目にみてもらおう。本当にちょっとだけである。生活費にして半月分くらい。
当然ながら、商売のために仕入れを行う分は全然ないので、しばらくは現地調達で品や資金を増やしていく。
「でもベヒーモスを三体も狩れたからな。その素材を売れば、当面の金は充分だろ」
むしろ幸先が良すぎて怖い。こういう幸運はそうそうないんだろうな、とソウヤは思っている。
「そういうことなら、ワタシの財宝、持ち出す?」
ミストが少し考えて言った。ソウヤは驚いてしまう。
「財宝?」
「そう。この霧の谷に足を踏み入れた人間が置いていった物とか、愚かにもワタシを狩ろうとして返り討ちした奴らの戦利品とかぁ」
そのまま放置するのも何なので見つけたら、彼女の寝床の近くにまとめて置いてあるのだという。
「なるほど……確かに伝説とかだと、ドラゴンってのは宝を溜め込んでいるって定番だしなァ」
持っていっていいの?――と聞いてみれば、ミストは自分の住み処のほうへ歩き出す。
「ええ、どうせワタシには使い道もないし。集めたっていっても、さすがに場所とっているから、そのうち処分しようと思っていたから。ソウヤの役に立てるなら嬉しいわ」
「オレのほうこそ嬉しいわ」
只で商品になるかもしれない物とか手に入るなんて、おいしい話だ。財宝っていうことは金銀も多少あるし、商売のための軍資金にももってこいだろう。
――何これ、ちょっと今日のオレ、ツキ過ぎてね?
ソウヤはミストの案内に従って、霧の谷を進む。途中、もう一グループのベヒーモスとサハギン亜種の集団と遭遇し、ミストと二人で撃退。……この戦利品も大事な商売の品だ。
・ ・ ・
ミストの寝床は、周囲を崖に囲まれた場所にあった。出入り口となっている狭い道は、とくに霧が濃くなっていて、近くでも視界は真っ白。
ソウヤはミストに手を握ってもらって案内された。女の子と手を繋いでしまった。妙にドキドキしてしまったが、この美少女が、本来は巨大なドラゴンが化けていると思うと、複雑な気分。
そして霧を抜けた先には、何やら円形に盛り上がった場所があって、その中央部分がどうやらドラゴンの寝床のようだった。
「あの、ミストさん?」
ソウヤはその円形の周囲に乗っている白くて板のように見える無数のそれを指さした。
「これ、ひょっとして、ミストドラゴンの鱗だったりする?」
「ええ、そうよ。ワタシの身体から剥がれた古い鱗ね。……なに、欲しいの?」
「ぜひ!」
ドラゴン、それも上位種と言われるミストドラゴンの鱗である。一枚だけでも相当なお金になるのに、それが数十枚もあれば、ひと財産どころではない!
「人間世界では、ワタシの鱗でも売り物になるのね」
「そりゃ、ドラゴン様の素材なんて、レア中のレアだからな。武器や防具の素材にすれば、最上級のものになるし、コレクターだって言い値で買うんじゃないかな」
「なるほどね。それでワタシを狩ろうなんて、愚か者がやってくるわけね」
「……」
その言葉に、ふと、ソウヤは真顔になった。竜の素材を狙う冒険者とかハンター。たまに王国の騎士団なんかも凶暴な竜を退治しようと遠征したりする。人間からは貴重素材であっても、狙われるほうはたまったものではないだろう。
「……何か、すまん」
商品になると小躍りした自分が恥ずかしくなった。だがミストはあっけらかんとしたもので――。
「襲ってこなくても、鱗の一枚や二枚、言ってくれればあげたのにね」
「え?」
いいんだ――ソウヤは目を丸くする。ミストは可愛らしく小首をかしげた。
「剥がれた鱗ならね。あなただって、抜けた髪の毛を全部集めてたりする?」
「いや」
ちょっとそれは嫌だな、と思う。ともあれ、ミストの古い鱗を回収。その後、彼女の集めた財宝のもとへ到着したが――。
「……」
一見すると、財宝というより倉庫の一角に荷物が積み上げられている感じだった。剣とか槍とか、武器が多い印象である。一応、宝箱のようなものがあるので中身を確かめる。
「あ、ちゃんと金とか銀とか入ってる」
ガラクタ置き場っぽかったので、ちょっと心配だったが、お宝はあるにはあった。他にも宝石や魔石、魔道具なども少数ながらある。
「これ本当、もらってもいいのか?」
「どうぞどうぞ」
では、いただきます――ソウヤは、ミストが集めていたものをアイテムボックスへとしまっていく。
「……なあ、ミスト。ちょっと気になってるんだけど」
「なに?」
「あれって、飛空艇?」
ソウヤが指差した先には、斜めに傾いた格好で鎮座している船のような代物――損傷した飛空艇が崖と崖のあいだに挟まっていた。
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