第5話、再会
霧の谷。ベヒーモスを倒した漆黒の戦乙女は、ソウヤに艶やかな笑みを向けている。
十代後半くらいに見えるのだが、その貫禄というか、オーラは熟練の戦士のそれであり、見た目どおりの年齢と受け取るべきかソウヤは迷ってしまった。
「どうしたの、ソウヤ? ワタシに見とれた?」
悪戯っ子のように笑う彼女。まるで知り合いのように振る舞う相手に、ソウヤは困惑を深める。
まったく覚えがなかったのだ。目の前の美少女が、果たして誰なのか。このような乙女に出会ったら、忘れないと思うのだが……。
「あー、すまん。君、オレと知り合い? 誰かと間違えてね?」
初対面のはずだが、とソウヤが言えば、今度は少女がキョトンとする番だった。
「ひどいわ、ソウヤ! ワタシのこと、覚えてないの!?」
すっと、距離を詰めた少女はそのままソウヤに飛びつく。とっさに抱き留めたソウヤ。彼女は鎧をまとっていたが、それくらいで倒れるほど柔ではない。
「もう、意地悪しないで。ワタシよ、ワタシ」
「新手のオレオレ詐欺?」
少女の顔がすぐそばにあって、ソウヤはドキマギしてしまう。反射とはいえ抱きつかれている格好で、どうしてこうなったのかわからない。
「わけのわからないこと言わないで、ソウヤ。ミストよ、ミスト。ミストドラゴン」
「ミストドラゴン!?」
はぁ?――ソウヤの困惑は頂点に達した。
ミストドラゴン――霧竜といえば、体長十メートルを超える巨大な身体を持っていた。間違っても人間の少女ではなく、威厳もあり、その迫力で周囲を気圧すドラゴンである。
「いやいやいや、お嬢ちゃん。さすがにそれはないぜ」
「お嬢ちゃん?」
「だって、ミストドラゴンといや神々しいまでの白いドラゴンで――」
「神々しい?」
眉をひそめていた少女が一転してニヤリとする。
「いや、君を褒めたわけじゃないから」
ソウヤは首を横に振った。
「声だって凄かった。人語を喋るときだって、貫禄のある男の声で――」
「あなた、ワタシをオスだと思っていたの!?」
「オス……?」
ミストと名乗った少女は口を尖らせた。表情がコロコロ変わる娘である。
「失礼しちゃうわ! ワタシは、生まれてこの方、ずっとメスですぅ! 十年前にあなたに初めて会った時もね!」
「……」
にわかには信じられないのだが、段々、いまも抱きかかえている少女が、本当にあのミストドラゴン、その中身のような気がしてきた。
「君、本当にあのミストドラゴン?」
「竜の姿になって見せましょうか?」
蠱惑的な笑みは、まるで誘惑するかのようだった。腕の中の彼女から漆黒の鎧が消え、黒いドレス姿になる。
「うーんと、さすがに竜になるには脱がないと……」
「!? あー! ダメ、ストップ! わかったから」
ドレスを脱ごうとしはじめた少女を、ソウヤは止めた。さすがにこんなところで異性の裸はまずい。
「いや、見てるのあなただけだし!」
「なんで!? 心読まれた!?」
反射的に言ってしまい、ソウヤはばつが悪くなる。少女はクスクスと笑った。
「あなたなら裸くらい見られてもいいわ」
「勘弁してください」
「十年前、ワタシの裸、見たじゃない。何をいまさら」
「ちょっと待って! オレ、お前の裸なんて――あ」
「『お前』って言ったわね。――そう、あなたは、さっきワタシの姿を見て『神々しかった』って言ったわよね」
そっと彼女を下ろせば、ミストは腕を組んでソウヤを見上げた。身長差ではソウヤのほうが高い。
「本当に、あのドラゴンがお前、いや君なのか?」
「お前でもいいわよ。――そうよ。竜の変化の魔法で姿を変えてるの」
黒髪の美少女は余裕たっぷりに微笑んだ。素直に可愛かった。まるで大人をからかう小悪魔みたいに。
ソウヤは、目の前の少女を、ミストドラゴンの変身した姿だと認めつつあった。
実際に変身してもらうのが一番だが、その過程で少女の裸体を見てしまうのは大人としてどうかと思う。
その間、目をつぶるとか後ろを向いているという手もあるが、できれば見ているところで変身してもらえたほうが確信が持てるというものだった。……ちょっと目を離した隙に、入れ替わるとかないとは思うが断言できないゆえに。
「それにしても……」
「ン?」
「いや、ミストドラゴンは白い竜だったから、てっきり変身したら白い衣装とかにするかと思った」
あー、とミストは自身の長い黒髪、耳にかかっている髪を払った。お嬢様っぽい仕草。
「白に白ってどうなのかなって思ってね。黒は女を美しく見せる色だって聞いたし」
――俺も聞いたことあるぞ、それ。アニメ映画で。
どこから仕入れた知識だろうか。いや案外、常識の範囲で広く知れ渡っていることかもしれない、とソウヤは思い直した。
「それで、何でその姿なんだ?」
「あなたをビックリさせようと思って」
ミストは流し目を寄越した。どう、綺麗? と言わんばかりに胸を張る。鎧がないから、その膨らみの豊かさが、よりはっきりと窺えた。
「確かに、ビックリした」
ソウヤは話を変えることにした。
「魔族が谷に入り込んでいたみたいだけど、ここ最近はそうなのか?」
「いいえ! まったくもって遺憾だけど、魔族がワタシを襲ってきたのよ!」
ミストの話によれば、魔王軍の残党と名乗る魔族の魔術師が、彼女、ミストドラゴンを殺そうとしたらしい。
何でも魔王が復活した暁に、邪魔になるだろう存在を消すとか何とか――
「魔王の復活?」
「そう、十年前にあなたが倒した魔王を、魔族は蘇らせようとしているみたいよ」
「何とまあ……」
呆れて言葉も出ない。
「どうやって?」
「さあ、ワタシは知らないわ」
そう言うと、ミストは甘えるようにまたもソウヤに密着してきた。
「とりあえず、ワタシを殺そうって奴は血祭りにあげたけど、このまままた魔族が霧の谷へやってきて、命を狙ってくるのも面倒なのよね。……だ、か、ら!」
ソウヤの顎を、ミストの指が撫でた。
「あなたと一緒にいようと思うのよ。何せ勇者様だものね。ワタシの身を守るにこれほど頼もしい存在もいないわ」
「え、オレと、一緒に……って、ついてくるの? いやいやいや――」
「あら、そう言ったのよ。それに、この姿なら、人間の世界に出ても問題はないでしょう?」
――そりゃドラゴンの姿で出歩いたらパニック確定だけど、女の子の姿なら……。
「その、オレ……男だけど、いいの?」
「何か問題?」
真顔で返された。三十のおっさんと、十代少女の組み合わせって、世間的に見てまずくないだろうか? 気にし過ぎだろうか――ソウヤは悩んだ。
そうとは知らずか、ミストは楽しげに頬を緩ませた。
「前々から、谷の外に興味もあったし。どうせ、あなたもひとりでしょう? 話し相手には困らないわよ」
そう言われてしまうと、連れがいるのといないのとでは、気分も全然違うだろう。独り言が多いというのも寂しいものである。
「わかった。じゃ、よろしく頼むわ。……えっと、ミストでいいのかな?」
「ええ、ソウヤ。よろしくね」
元勇者の旅に、ミストドラゴンが仲間に加わった。
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