第3話、元勇者はお人好し
「ソウヤがくれた物だが……」
アンドルフは、アイテムボックス――可視化されたそれは、三十センチ四方の小さな宝箱のような形をしていた。
勇者時代、ソウヤはアイテムボックスを増殖させて使うこともあったので、今さら驚かない。この大きさに反して、中の容量はかなりのものである。
「中身はお金かな?」
もらった報酬を金庫代わりにソウヤのアイテムボックスに預けていた。だから、先のソウヤの言葉どおり、彼が昏睡していた時、その報酬を分けることもできず手付かずになっていた。
箱を開けて、中身を物色。お金の入った袋がかなり――
「というか、多過ぎないか!?」
アンドルフは驚き、クレアは、机の上に並べられていく袋の数に目を丸くする。
「あ、手紙が」
ソウヤの残したものだろう。二人は中身を確認する。
「金は、仲間たちに分配してくれって――」
「いや、まあ、彼は死んだことになっているから、そういうのもあるけど、……でもちょっと待て」
アンドルフは目眩をおぼえる。手紙はさらに続く。
「『勇者時代に収集した装備やアイテムなどもあるので、換金してもよし、好きに使ってくれ』だと……!』」
ダンジョンで手に入れた伝説級の武器や防具、魔法のスクロール、宝石や魔道具などなど。それらを処分すれば、一生遊んで暮らしても使い切れないほどの大金となるだろう。
「なんで、あいつは、そういうの全部押しつけて、自分で使わないんだ!」
アンドルフは怒鳴った。
「それこそ、あいつが処分すれば、楽に暮らせるのに!」
お人好しめ――そう口にして頭を抱えるアンドルフ。声が震え、目に涙が浮かぶ。
「あいつ……うちが財政難なのに気づいて」
「困っている人は見過ごせない人、ですものね」
クレアもまた口元に手を当て、気持ちを整理する。
「ちっとも変わらない。十年経っても。……いえ、それはそうね。あの人にとっては、この十年はないものだったから」
・ ・ ・
へっくしょい!
「あいつら、噂してんのかな……?」
ソウヤはひとつクシャミの後、街道を徒歩で移動していた。
季節は春から夏に向かっている。このエンネア王国には四季がある。もっともこの国で桜は見たことがないから、元の世界の春を思い出して切なくなる。
ちなみに、召喚された頃は高校生で、それから二年この世界で勇者として戦った。体は三十、中身は二十歳。……異世界ラノベだと逆のパターンが多いんだろうなぁ、とソウヤは思った。
なお、召喚されたが帰れる方法は「ない」という話だった。つまり、ソウヤはこの世界に生き、骨を埋めることになる。
そうなると、生きていくために生活費を稼がねばならない。
最低限の装備と、一部の思い出品以外は、アンドルフに渡した。それについては後悔はない。
勇者時代の物は、仲間たちと手にいれた共有財産だ。それを十年間渡せず、皆に苦労をかけたと思うから。
自分が生きていくのだから、自分で稼ぐ。じゃあ、どうやって、となるが、それは固有の能力であるアイテムボックスを活用しようと考えている。
ソウヤが保有するアイテムボックスは、容量無限のほか、能力を限定した上での増殖が可能。中身は時間経過のあるなしを選択したり、ボックス内を好きなように区切ることができる。
しかもよくある異世界もののアイテムボックスと違い、生き物を入れることができる。
アイテムボックス自体、かなりのチートアイテムだが、その中でも上位に位置するだろうと思っている。
このアイテムボックスは、神の試練というダンジョンの報酬でソウヤが手に入れた。苦労した甲斐はあった。
神のギフトという魔法みたいなもので、ソウヤのみ自在に使える代物だ。なお、機能限定で増殖させたボックスについては、ソウヤ以外でも使うことができる。
時間経過無視のアイテムボックスなら、食べ物や食材を入れても腐らせずに運べる。
容量無限のボックスだから、量を気にせず運べるから、たとえば魔物を倒して、その肉や素材を保存して売ることもできるだろう。
たしか、冒険者ギルドがあるから、そこで魔物素材を売ることができたはずだ。勇者時代、直接冒険者になったわけではないが、話は聞いていた。
商売するとしたら、こうした新鮮食材の輸送から販売、討伐魔物を売り払うのが、アイテムボックスを活用できる仕事になるだろう。運び屋とか、行商とか。
「さてさて……」
街道の分かれ道にたどり着いた。右へ行けば王都、左に行けば王国西部へのルートだったはず。
と、その時、空を飛んでいる巨大な船が見えた。船――?
「あー、飛空艇かー」
勇者時代、魔王討伐の旅で、空に浮かぶ島で手に入れたことがある。残念ながらその船は墜落してしまったが、あれから十年経って、王国の空にも飛空艇が飛ぶようになったのかもしれない。
――いいなぁ、いつか飛空艇で世界を巡りたいなぁ。
魔王がいなくなって、平和になったからこそ描ける夢というやつである。
通過していく飛空艇を見送ることしばし、ソウヤは視線を戻す。
「そんで、正面が……」
街道なき道の先には、うっすらと霧が立ちこめる谷がある自然地域がある。
霧の谷――魔物が棲まう谷。年がら年中、霧が発生している場所。十年前、ソウヤと仲間たちは訪れたことがある。
「そういや、アイツは元気なんだろうか」
霧竜こと、ミストドラゴンが棲んでいる。かつて、一度戦い、その後は和解した白き竜。挨拶していくのも悪くない。
ソウヤは独り頷くと、霧の谷へと足を向けた。
商売のためには品を仕入れないといけない。霧の谷の魔物を狩れば、当面の資金稼ぎにはなるだろう。ついでにガッツリ肉を食おう!
ということで、ダガー程度では護身用としても心もとないので、アイテムボックスから個人用にとっておいた武器を取り出す。
その名は『斬鉄』。
鉄の塊を剣の形にしたとも言うべき、重量級の両手剣である。
当然、凡人には持てないほどの重さがあるのだが、勇者として、人間離れした身体能力があるソウヤは、片手でぶん回すことができた。……それくらいできないと魔王に立ち向かうなんて無理だが。
背負ったバックパックならぬ可視化アイテムボックスに柄を出した状態の『斬鉄』を収める。こういう時、アイテムボックスは便利なのだ。普通、こんな大きな武器は背中に背負うしかできないが、それだと背筋が伸びた状態で固定されて動きにくくなるのだ。
もっとも、勇者時代は名剣や聖剣などを持っていたから、斬鉄のような無骨武器はあまり使わなかったが。
ただ、普通の武器だとソウヤの剛力で壊れてしまうことがしょっちゅうなので、聖剣や魔法保護された武器でもない限りは、とにかく壊れない斬鉄などのほうがよかったりする。
うっすら暗くなってくる中、ソウヤは霧が立ちこめる谷へと入っていった。
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