第2話、十年後の世界
勇者ソウヤが魔王を討伐して十年。世界は、魔王がいた頃よりは平和になった。
魔族の行動は下火となり、大きな動きは見えない。人間たちは平和になったと叫び、その幸福を噛みしめたが、魔王という敵がいなくなったら、今度は人間同士や他の種族と関係が悪化したり、争ったりしているらしい。
今、ソウヤがいるエンネア王国は、それらの国に比べれば平和だった。大きな戦争もなく、治安もそこそこ――いわゆる街道に夜盗が出たり、徘徊する魔獣が襲ってきたりはする程度には平和だと言う。
クレアに聞いた話によれば、魔王を討伐した勇者パーティーは、要職についた者、地方の領主になった者などに分かれた。戦いの中、命を落とした勇士は英雄として称えられ、各地で奉られている。
その中には、ソウヤもまた含まれていた。
魔王と刺し違えた勇者ソウヤ。異世界召喚された勇者にして世界を救った英雄――なんだそうだ。
――オレ、死んだことになってる!
何でも政治的な配慮らしい。昏睡中の英雄の扱いを巡って、揉めたのだという。
英雄を政治的に利用しようとする者。民から絶大な人気がある英雄が目覚めた時、その人気が邪魔にならないかと懸念する者。いっそ排除してしまおうと策謀を巡らせた者などもいたらしい……。
仲間たちが、そうならないように庇い、クレアが保護する形でソウヤを守ったということになる。
戦時の英雄は、平時は為政者にとって邪魔者、ということなのだろう。
ソウヤは暗鬱な気分になった。眠っている間に、そのまま永遠の眠りになったかもしれないと聞いてゾッとした。
魔王から世界を守ったのに、味方から殺されていたかも、なんて洒落にもならない。
――王国に仕えて、って選択肢はないな。
騎士団に入って、政治に関わりませんとアピールすればワンチャンあるかもだが、別に騎士になりたいわけでもない。
「っていうか! あなたは死んだことになってるんだからね!」
クレアに指摘され、ソウヤは苦笑い。何でも最初はクレアが引き取ってくれたが、ソウヤの命を狙う刺客が続いたことで、これ以上の危険を回避するために死んだことにしたという。
「この村の郊外にあなたの墓があるから、お参りしてくるといいわ」
「笑えない冗談だ」
そこでソウヤは首をひねる。勇者は魔王と刺し違えたことになっていたのではないか? 話の辻褄が合わない。
「最初は勇者は魔王と戦い、深手を負って療養中ってことになっていたんだけどね。……あなたが死んだってことになった時、国が勇者は実は魔王と刺し違えて落命していた、と大々的に発表したのよ。魔王討伐後、あなたの姿を民は一度も見ていないから、そうだったんだって大方、納得された」
「そうだったのか……」
「ま、全員が全員、その発表を信じたわけじゃないけどね。何ですぐに発表しなかったんだって声もあったけれど、魔王討伐直後の魔族の動きを注視する必要があって、勇者健在としておきたかったって言ったら、それでおしまい」
懸念された魔族の動きが見られなかったから、勇者の死を発表しました、ということである。死しても魔族を封じた英雄として、さらにソウヤの株は上がったらしい。
ただ、勇者の熱烈な信奉者は、まだ勇者は生きているに違いないと噂しているとかどうとか。
これまでのことがわかったら、次は今後どうするか、である。
ソウヤは思案する。公式には死んでいるということなので、別人を装って生きていくか、どこか遠くの田舎に隠れ住むのが妥当か。
「まあ、あなたの顔は、仲間たちはともかく、今でもおぼえている人ってほとんどいないと思うわよ」
「クレア、それ何げに傷つくわ」
勇者なのに忘れられるのは――ソウヤはため息をつく。クレアは肩をすくめた。
「忘れた? あれから十年も経っているのよ? ちらっと見かけた程度の人の顔なんて、覚えていないわよ」
思えば、勇者時代は魔王討伐のために様々な場所に行った。
だが、同じ場所に長い間いなかった。宿などの交渉や勇者歓迎の宴など、魔王討伐に差し支えると困るからと仲間たちが遠ざけてくれていた。
あれから十年も経ったのだから、多少顔も変わっている。
「それじゃ、のんびりダラダラ、適当に放浪するのもいいかもな」
先を急ぐ旅ゆえ観光もできなかったから、今度はゆっくり見て回るのもいいかもしれない。
その時、ドアが開いて、青い髪の少女が入ってきた。子供版クレア、というか、まんま彼女の娘だ。今年で八歳になる。……そうか、クレアは結婚したのだ。相手はあれかな、騎士のアンドルフか。彼女と彼が付き合っていたのは知っている。
――そうかぁ、結婚かぁ。
仲間の結婚は喜ばしい。ただ時間の流れを感じて、ちょっとセンチメンタルな気分になるソウヤだった。
・ ・ ・
三日ほど、食って身体を動かして体力の回復に努めた。ちょっと痩せていたのだが、案外すんなり、体つきは元に戻った。
これもひとつの勇者体質ってやつだろうか。ただ全盛期に比べると、筋力が落ちていた。筋トレしつつ、重量武器をぶん回せる身体へと仕上げていく。
ソウヤは、クレアとその家族に世話になっている。彼女の旦那さんは、案の定ソウヤのかつての仲間で、騎士のアンドルフ。いまは子爵で、この辺りの領主でもある。……ただし、今いる屋敷は風情はあるが、少々金回りがよろしくないようだった。
ここ三日過ごして、貴族っぽい贅沢というか、そういうのを微塵も感じなかった。質素倹約といえば聞えはいいが、普通に金がなさそう。
――俺を十年、面倒みてくれていたんだ。礼はしないとな。
それに、夫婦の家にいつまでも居候というのも締まりがない。クレアは優しいし、アンドルフも気のいい奴で、好きなだけいていいって言ってくれたが、早々に出ようとソウヤは決めた。
・ ・ ・
「というわけで、世話になったな」
さらに二日後、ソウヤは居候をしていたアンドルフ屋敷の玄関にいて、アンドルフ、クレアと子供たち――兄と妹に見送られていた。
「ソウヤ……。いいのか? まだ身体のほうは本調子じゃないんだろう?」
アンドルフが、そんなことを言った。茶色い髪に紳士な優男だった彼も、三十近くなって、すっかり貴族らしくなっている。
ソウヤは手を振った。
「体は問題ないよ。というより、リハビリも兼ねて、歩かないとな。十年経ってどうなっているか、俺も自分の目で見て回りたいし」
「そうか。……何かあったら、いつでも戻ってきていいぞ」
「ああ、ありがとう」
ソウヤは髪をかく。何だか照れくさかったのだ。
ちなみに、今、ソウヤは服の上にハードレザーの軽鎧、腰のベルトにダガー、腕にはガントレットをつけていて、やや粗暴な風貌とあいまって冒険者とか放浪剣士のように見える。ちなみに背中にはバックパックならぬ、木箱を背負っている。
「もっといい装備があるだろうに……」
「いや、さすがに勇者時代の装備はつけてられないだろ?」
勇者は故人だから。別に、チヤホヤされたいわけでもない。
「そうそう、アンドルフ、クレア。これ世話になった礼だ。お前らにやるよ」
ソウヤは、勇者時代に得た無限収納――アイテムボックスから、ひとつアイテムボックスを作って、それをアンドルフに手渡した。
「これは……?」
「領地経営のタシにしてくれ。勇者時代、報酬をもらったけど、オレが保存していたから昏睡していて皆に分配できなかったやつも入っている」
「そういうことなら……。ありがとう、活用させてもらうよ」
アンドルフは笑みを浮かべた。クレアはふと眉をひそめた。
「それで、あなたはこれからどうするつもりなの?」
「うーん、まあ、旅をしたり、商売でもしようかなって思ってる」
「商売?」
「特技を活かしてな」
アイテムボックスの力で、とは心の中で呟く。ソウヤは歩き出した。
「じゃ、世話になった。お前らも達者でな!」
「幸運を」
「さようなら!」
かつての仲間たちに別れを告げ、ソウヤは新たな一歩を踏み出した。魔王のいなくなった世界――それが、彼の行く先に広がっている。
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