純白の幼児、リリオネル。

江戸端 禧丞

第1話・2歳の魔王

 永久とわの魔王リリオネル誕生から、ドタバタと慌ただしい日々が続き、あっという間に2年の月日が経った。異世界からの衝撃的な生まれ変わりを果たした魔王も今年で2歳、この魔界での暮らしにもやっと慣れてきた。そして、無事に異世界転生を果たしたリリオネルは執務室の中で、周りを文字通りドタバタと動き回り仕事をこなしている魔界3大重鎮、右腕ラビタル・御側仕えルシアノ・御目付け役ハヴァルたちを差し置いて、日々のんびりと自分に何ができるかを片っ端から試してみていた。最初に6対もの白翼の出し入れは可能だということに気づいた、そして、見た目の年齢を操れることにも気づいた。と言っても、5歳程度の見た目に変わることしか出来ないが…。


 彼の脳裏にふと、リリオネルとして生まれ変わったこの世界には、人間が生きている場所もあるのかという思いが生まれた。リリオネルが持っている知識としては、魔界があって魔王が存在して魔物がいれば、勇者とお供が魔王を倒すべく冒険を繰り広げ、最後には魔王を打ち倒す、というお決まりの話の筋がある。その確認のために5歳児姿のリリオネルは、絵心のない大胆な絵を描き始める。実は、この世界では人間が存在するかどうかは、10歳になって20年間のうちに学校で習うことであり、そののちに人間界へ行き来できる許可が下りる事になっている。ゆえに―魔界三大重鎮が手を動かしながらホッコリしていた空気をぶち壊し―


「随分とチャーミングな絵でございますね、陛下はどれですか??」


「コレがボク、こっちがルシアノで、この黒いのがラビタルで、コレがハヴァル。そいで、これがユウシャとそのオトモッ!」


 突然何を言い出すのかとシッカリ仕事をこなしながら、耳を傾けていた重鎮3人が勢いよく噴き出す、とまぁ、こうなるのだ。この魔界に魔族側から見た【勇者】を、勇者として扱っている書物はほぼ存在しない。それどころか、人間を敵として認識している魔族もいない。何故なら彼らの世界では、人間の脆弱ぜいじゃくさをうれいて世界絶滅危惧種に指定されており、必要不可欠なとき以外できるだけ人間と接触をしないように、魔界に篭っているのだ。


「……陛下、どこでその言葉を…?孵化ふかなさった時からずっとルシアノと過ごしてらっしゃったはず……」


 褐色の肌に、緑色の切れ長い眼、黒い長髪のドラゴン族のおさでもあるラビタルが、ポロリと言葉を零して、尾骶骨びていこつから黒い鱗に包まれて生える太い尻尾をゆらりと揺らせると、御側仕え役のルシアノに視線をやった。対する先祖代々魔王の御側仕えを務めてきた、由緒ある小人族の長である銀髪銀眼の美少年ルシアノは、ブンブンと首が引きちぎれんばかりに横へ振る。その彼をかばうように、涼しげな青い眼と波打つ金色の長髪のあでやかな青年ハヴァルが、困った様子で眼鏡をクイッと押し上げながら口を開いた。この青年は魔王の御目付け役で、主に学問や礼儀作法をリリオネルに教える係だ。


「この2年で私が陛下にお教えしたのは、大人しく玉座にお座り頂くことと、目の前にあるものを毒味係が最初に手に取ること、数冊の絵本を読んで差し上げることだけだ。ルシアノも人間について陛下から聞かれたことなどないだろう?」


「勿論です!!陛下と言えども、まだお教えするには早いかと判断したのですが……陛下、勇者とそのお供のお話をどこでお聞き及びになったのですか?」


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