4-10

「なんてパワーなのよ、押し切れない……!」


 依夜がルアーハの中で呻く。フィアナの倶纏の形状から鑑みて、転がし、あわよくば戦闘領域のフィールドにぶつけて一気に勝負を決めようとしたら、途中でフィアナの倶纏は停止し、膠着状態が続いていた。


「依夜さんには申し訳ありませんが、わたくしの倶纏――エアナート――をあまりなめないでもらえませんか?」

「別に、なめてなんかいないわよっ!」


 詞御が昂輝刃を展開していたのは、この二人も視界の隅には捉えていた。依夜も特訓で幾度となく見ているとはいえ、その綺麗さには改めて目を奪われる。初めて見たフィアナの感動は依夜以上だろう。故にその力に対し、真っ向から挑むフィアナの兄の戦闘力とセンスに、依夜は内心とても驚いていた。何故なら、自分なら相対するだけで、心が折れるから、その強大な力を前にして。

 だが、詞御とセブラルの戦闘に全意識を向ける訳にはいかなかった。戦況が互角でいられるのは、リインベル兄妹の連携を断っているからだ。この拮抗が崩れれば。依夜だけでなく大きな力を持つ詞御でさえ危うい。流れるような連携は、個々の力を何倍にも高めるからだ。

 

 それは、フィアナも別な意味では同じ考え。戦況が膠着状態になっているのは自分が抑えられているから。確かに詞御の昂輝刃は、女王の解説と自身が感じる感覚の目で見た感じを統合しても脅威以外の何物でもないのは傍目にも分かる。兄一人では責任や負担が重過ぎるかもしれない。しかし、自分たち兄妹が文字通り力を合わせれば、その状況すらも打破する事ができるのだから。


「(いい加減、膠着を打破しないと負ける!)……そうですか、それでは依夜さん。こういうのはどうですか?」


 エアナートの表面が波打つようにざわめく。まずいと思った依夜は、ルアーハの翼を展開させ、上空へと飛翔し始める。その刹那、エアナートの表面から無数の棘が出現。もう少しで依夜に突き刺さるところだった。


「大した勘ですね。初見で回避されたのは初めてです」


 どこに眼があるのが分からないが、フィアナは依夜に対してそう語りかけてくる。


「危ないことをするわね。良いわ、お返ししてあげる」


 ルアーハは口から高電圧の太い光線をエアナート目指して放つ。

 

 大地を揺るがすかの様な激突。

 

 耳をつんざくような轟音。

 

 会場の全大気を震えさすほどの衝撃。

 

 それらが間髪いれず、ほぼ同時に起きる。観客席の一部からは悲鳴が上がるほどだ。土煙が晴れたとき、闘技場には大きなクレータが出来上がっていた。


「危なかったです。何と云う破壊力ですか……」


 フィアナは自身の倶纏の特長を生かし、高速で転がることによって回避していた。だが、完全に回避したというわけではなく、表面が僅かばかり焦げていて、先ほどまで張り出していた無数のとげの一部が欠けていた。が、それは直ぐに〝再生〟する。


(ちっ、惜しい)


 皇女らしからぬ、舌打ちを依夜は心の中で打った。威力よりも速度を優先した攻撃だったのに、ものの見事に回避されてしまったからだ。


 その時、ドン、と依夜の腹に響いて、それと同時に会場内の様々な物が一斉に震えた。

 なに? と依夜のみならずフィアナも振り返る。そこには、一人の人間と、巨大な倶纏がぶつかり合う光景があった。

 

      ◇       ◇       ◇       ◇       

 

「やるじゃねえか、詞御! 楽しいぜ、ここまで俺と渡り合う奴は俺んとこの養成機関には居なかったからな」


 重力の壁で詞御の攻撃を防いでいるセブラルが不敵に大胆に詞御に語りかける。詞御はそれに応じるように、いや、呼応する様に返事をする。


「お褒めにあずかり光栄だよ、ならもっと上の力を見せてやろうか?」

「なんだと!?」


 詞御の体から水煙の如く、大量の昂輝が放出され、持っている柄の柄頭の宝玉にどんどん吸い込まれていく。昂輝刃の輝きと硬度と鋭さが増し、それと共にセフィアの力も比べ物にならないくらい注がれ、昂輝刃の力が増していく。瞬く間に重力の壁にひびが入り、消滅させられる。そして続けざまに、詞御は袈裟切りに昂輝刃を振り下ろした。

 

 その軌道に沿って、昂輝と消滅が混じった三日月型の巨大な剣閃が放たれる。それは、再び作り出した、重力の壁をたやすく切り裂き、レコテルンにぶつかった!

 剣閃に沿って、レコテルンの前部表面に深い傷が刻まれる。戦闘領域では、あくまで、人体と倶纏にのみ物理ダメージが発生しない。だが、与えられた傷相応の痛みを倶纏使いにもたらす。当然、それ相応の精神ダメージがセブラルを襲う。


「ぐうう」

「お兄様!」


 もの凄い速度で詞御を軋轢しようと、フィアナが突っ込んできた。詞御は、とっさに後方に跳び、それをやり過ごす。詞御の横には、空中から降りてきたルアーハが着地した。


「すみません、抑えておけませんでした」

「いや、十分。セブラルに大きなダメージを与えることが出来た。物理設定なら、消滅波で両断出来たところ。その痛みは尋常じゃない。これで二対一。戦況は有利――」

「――だと思うかい、詞御。それは甘いんじゃないか」

「虚勢を張るな、立っているので精一杯だろう」

「確かに俺一人ではお前に勝てないのは分かった。だが、俺たち二人の兄妹なら話は別だ」

「なに?」


 事今更、一体なにをしようというのか? 詞御たちはそう思った。その矢先だった。フィアナの倶纏であるエアナートが空中にふわりと浮き上がり、その表面に幾つもの線が迸る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る