2-11

「“”は仮面を被っていてその素顔は未だ明るみになっていません。しかし、ゼナが指摘した鳳凰を模した刻印がある宝玉が“はばき”に埋め込まれている“”は見間違える事はありません。一年前に起きた我が国と光の柱の反対側にある先進国同士の諍い――無人島を領土にしようと引き起こされた――から発展した世界大戦。泥沼と化し、我が国側まで広まってもおかしくない戦火をたった独りにも拘わらず圧倒的な武力を誇示し鎮圧――戦争の発端ともなった無人島を文字通り世界地図から完全消滅させた事で先進国等を震撼させた――せしめてみせた、倶纏使いが振るっていた武具がまさにそれ。世界中の名だたる権威達が口を揃え証明した、古今東西の世界でも十数例しか目撃例がないと云われている、上位・甲型級の力。それを振るっていた正体、畏怖と畏敬を込めて付けられた字名あざな――規格外の超越者エクストラ・オーバーロード――と語られる人物こそ……貴方ですね?」


 女王が詞御を見て同意を求める。だが、詞御は明確な言葉を返さない。それはこの場では意味のないことだから。必要なのは、ただ一つ。


「……さあ、ね。いま重要なのは、この武具が後で持ち込んだ物でない、という事が分かってもらえること。それで、自分は十分ですよ」


 詞御は右腕で大刀を持ち上げ、刀の峰の部分をトン、と右肩に乗せる。


 上位・甲型の力。


 それより下位の倶纏が持つ全ての性質を伴い、各種様々な武装へと倶纏を変化させ、その武装は本体と融合する形をとる。その威力は絶大で一騎当千、戦術級をかるく超え戦略級の力を誇るとされている。一人で各国の軍事バランスをあっさりと根底から引っ繰り返すくらいに。

 武具には何かしらの〝刻印〟が必ず刻み込まれており、この階位では最高位を示す。事実、詞御のがまさにそれに該当する。


 詞御から明確な答えが返ってこない物の、事実上の肯定を得た女王は、この混乱を引き起こした人物にしっかりと向き合う。


「闘いを続行しますか、ゼナ・フィリプス・間宮?」


 理事長にフルネームで名指しされたゼナは、身体を震わせる。


〔あいつは下位・乙型の力を散々馬鹿にしてましたから、武具に対する浸透率の修練はどうせ積んでいないでしょう。それでも、詞御は闘ってみたいかもですが、結果は見えました。これ以上の闘いは無駄です〕


 セフィアに心を読まれた詞御は、内心苦笑する。

 でも、「このまま終わればそれで良いか」とも思った。なので、肩に担いだ剣を下ろし、高密度の昂輝と消滅の力が纏っている巨大な大刀の切っ先をゼナに向ける。

 短く「ひっ」という、か細い声が巨躯から発せられる。そして、ぺたんと尻餅をつく。


「わ、分かった。俺様、いや俺の負けだ。か、勘弁してくれ!!」


 ゼナが戦闘開始前に見せた威勢の良さも質実剛健さも、もはや見る影もなくなっていた。

 理事長は審判員たちに視線を配ると、彼等は言葉を発することはなく、ただ一つだけ頷く。


「では、序列決定戦は高天詞御の勝利で異議は無いですね」


 尻餅をついているゼナは、今度こそは文句を言うことはなかった。


「そして……ゼナ、分かってます、ね?」


 理事長が手をかざすと、闘技場の扉が開き、屈強な肉体を持つ教員二人が出てきた。そして、ゼナを拘束するとそのまま闘技場の外に連れ出していく。

 ゼナは抵抗はおろか、そのそぶりすらしなかった。完全に観念したらしい。ただ、闘技場を出る時に、ゼナの口から「ちくしょう……」という言葉が出たのを、詞御は聞き逃す事はなかった。


「彼をこれからどうなさるおつもりですか?」


 二人の教員が出て行った扉を見ながら、詞御は理事長に訊ねた。正直言ってしまえば、ゼナがどういう処分を受けようと知ったことでは無い。だが、半分巻き込まれた形になったのだ。しかも、秘匿しておきたいことも一部にバレてしまったのだ。知っておく権利もあると思っている。


「取りあえず、懲罰室で反省をしてもらいつつ、正確な真相を問い質します。その後は、司法機関に任せます。傷害事件を起こしていた訳ですからね。養成機関的には、現段階では停学処分。余罪が明らかになれば退学処分も免れる事はできません」


 それを訊き、周囲に悟られないよう心の中で安心する。理事長が聡明な方でよかった、と。


「もう一つ、聞きたい事がある。ゼナの欠損は〝左腕〟関係、と見て良いのか?」

「お察しの通りです。ですが、その事について、貴方に問う事は何一つとしてありません。貴方が〝その力〟を振るってくださらなければ、私たちが最悪の手段を取らねばいけない処だったのです。闘う者としての命は絶たれはしましたが、生きる為の命があるだけでも、十分すぎる結果です」


〔問いただされない事自体は良かったが、後味の悪さはどうにも、な。過程がどうあれ、敵でもない相手の倶纏を〝コロス〟というのはしたく無かったよ〕

〔理事長の言う通り、詞御が気にする事では有りません。優しいのは私も嬉しいですが、あの者の事まで貴方が背負う事は無いのです〕


 セフィアこそ優しすぎる、と思わずにいられなかった。

 しかし、今は感傷に浸っている場合ではない事を思い出し、大刀の実体化を解く。

 大刀は形を創った過程を逆回しするかのような現象を辿り、空中へと消えていった。と同時に詞御自身にも呪昂鍵を掛け直し、“力”を平時の状態に戻す。


「それでは場所を変えましょう。こんなところでする話でもないでしょうから」


 理事長の提案は詞御にとってありがたかった。一部にバレてはしまったが、おいそれと出しておきたくはなかったからだ、セフィアと〝この力〟、そしてそれらをひっくるめて全世界で謂われている字名については。

 出来れば広まって欲しくはない、と願いつつ詞御は闘技場を後にするのだった。

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