2-9

「まだだぁ! 俺様は、認めん! ここまで這い上がるのにどれだけ他の奴を蹴落としてきたと思うのだ! 俺様は、俺様は! 貴様などに、負けん。絶対負けん! 負けて、マケテ、タマルモノカーーーーーーァァァッ!!」


〈こ、これは、まさか?!〉


 誰かが悲鳴じみた声を上げた。ゼナの異常は、倶纏を扱うものならば誰もが知っていて、禁忌として嫌われている力に他ならないからだ。にわかには信じたくはない光景を目の当たりにして、詞御自身の気付きとそれに対する初動が遅れてしまったのが悔やまれる。


 もうゼナの身体は、半ばナーパに融けるように取り込まれつつある。ナーパが纏っている昂輝色が反転する。これは、搭乗ではない。倶纏が全ての主導権を握る『堕纏フェフレン』と呼ばれている現象。宿主が文字通り身体ごと倶纏側へと堕ちていくのだ。


 人が持つ理性が壊れる一歩手前の極限状態になった際、宿主の心が壊れぬよう、倶纏が宿主を乗っ取り主導権を握る、いわば時限式の自己防衛機能が作用する。倶纏を使った犯罪者の中には、追い詰められると自暴自棄になって、自らこの現象に身を堕とす者も少なくない。


 『堕纏』しないように、倶纏を扱う養成機関では、表面だけの鍛錬だけでなく、内面の鍛錬をも求められ、どんな状態であれ理性を御する事ができるように鍛錬されている。逆を言えば、戦闘時において理性を御する事ができねば、国防にも治安でも力を行使できない。

 それを、ゼナは敢えて放棄して更なる〝力〟を追い求めたのだ。それこそ形振り構わずに。


 これ以上無いくらいの差を見せつけられて、動けぬ負傷を受ければ、諦めてくれる。そう思っていた詞御が、いや、詞御たちが甘すぎた。ゼナの権力に対する執着がここまで強いとは想定外以外の何物でもない。


〔こんな事なら、一気に気絶まで持って行くべきでした。手心を加えた事が、こんな事になるなんて〕

〔反省は後だ、セフィア。誰も、あそこまでするとは思わない。それよりもこの場をどうやって収めるか、その一点に尽きる〕


 ゼナが操っていた時とは比べ物にならないくらいの風の流れが、闘技場を巡る。

 その中心には、ナーパが太い四本の足で立っていた。纏っている昂輝も風も、先程とはまるで違い、高密度になっている。

 姿も一回り大きくなり、四本の足と巨躯に幾つもの刃を生やしている形態になっていた。もはや、全身武器と云った様相を呈している。


「グフフ、ヨウヤク完全体トシテ外ニ出レタ。ゼナヨ、オ前ニ代ワッテ我ガアイツ等ノ相手ヲシヨウ。是マデ、ゼナノ命令通リ有力者タチヲ襲ッテキタヨウニ、貴様等モ切リ刻ンデクレヨウ。イヤ宿主ダッタモノノ望ミトシテ殺シテヤロウ!」

「何だと!?」

「コイツノ能力ちからダケデハ勝ツ事ハ出来ナイ。前・序列二位ノ相手ニ怪我ヲ負ワセタノモ我ヨ。ダカラコソ、ゼナデモ勝ツ事ガ出来タノダ!!」

「っ⁉ 避けて下さい、詞御!!」


 セフィアの警告と詞御が刀を抜くのはほぼ同時だった。セフィアが詞御への攻撃を許してしまったのは、詞御との距離が離れ過ぎていた為だ。更に、ナーパの予想を超える攻撃速度も加わって、セフィアは間に割って入れなかったのだ。

 がきっと鈍い音が詞御の手元で鳴り、刀身がビリビリと振動し震えるのが手元に伝わってくる。その衝撃で詞御は数メートルの後退を余儀なくされた。


(洒落になってないな、この状況!)


 咄嗟の攻撃で、昂輝の浸透率を深められなかったのは確か。しかし、それでも五割の昂輝を刀身に浸透させる事は何とか出来た。にも拘わらず、結果的には詞御が力負けをしてしまった形になる。全力の昂輝を刀身にに浸透させさせれば事は出来るだろう。その確信が詞御にはある。

 

 だが、それはこの状況下では全く意味を成さない。未だ僅かに痺れが残る片手で刀の柄を持ちながら、次々と襲い来る〝あらゆる〟攻撃を詞御は回避し続けながらも合流したセフィアと思念で状況の打開を模索する。


 観客席にはプロの試合でも使われている出力の【アストラル・プリズン】が張られている。しかし、それも何時まで保つかわからない。何故なら、『堕纏フェフレン』状態の倶纏は暴走状態の為、一時的ではあるもののあらゆる面で能力がブーストされる。しかも、今回は元の階位が中位・乙型の倶纏。設定された出力を上回っても何もおかしくないのだ。


 それ故に、理事長の指示の元、迅速な避難誘導がされ観戦していた全生徒の避難は済んでいる。しかし、それもこのままでは焼け石に水だ。何せ【アストラル・プリズン】が張られていない闘技場の到る処は、ナーパが放つ真空の刃や空気の圧縮弾で、無事な所を探す方が難しい状態。外部に中継しているカメラも、破壊しつくされ、既に使い物にならない有様だ。無事なカメラがあるかどうかも怪しいところだ。


 壁の強度がどれくらいか分からないが、いつ瓦解し外部と繋がってもおかしくない状態になっている。そうなれば、避難した意味はなくなる。この養成機関と全生徒に被害が及ぶのは容易に想像がつく。


 更に――、


〔かといって、このまま放置していても直に倶纏自体の自我も無くなっていき、更なる暴走状態になってしまう!〕

〔どうします、詞御?〕


 セフィアが時折、消滅の壁を発生・展開させ消してはいるものの、このままでは埒が明かない。この場にナーパがいる時点で何かしらの手段を講じないと、力を持たない者にまで被害が確実に出てしまう。本来、倶纏使いは、無位の力の無い者達の剣であり盾でもある。その力が一般人に向くのは有ってはいけない事だ。


〔ただ倒すだけなら私だけの力でも十分に事足りるのですが――〕

〔――駄目だ!! 暴走しているんだ! 非物理攻撃でも致命的な傷が残る!〕


 これが、セフィアに攻撃させていない理由だった。本来なら非物理設定にした攻撃は、生物の精神のみに作用するので、肉体には傷が付かない。だが、今の状態では、非物理設定にしてもナーパ、ひいてはゼナの肉体にまで攻撃が通ってしまう。

 場合によっては、最悪の結果――術者の死――をもたらしてしまう事も考えられる。


〔あんな奴とはいえ、命を奪うのは避けたい。また、このままでもゼナの自我が消えるので放って置く訳にもいかない〕

〔それに、逃げさせるのも御免です。ゼナには、先程ナーパが言っていた行為に対して罪を償わさせなければいけません。いきますか、詞御?〕

〔ああっ!!〕


 倶纏だけに攻撃を通し、本体であるゼナと切り離すには、より高純度・高密度の昂輝による攻撃を叩き込む必要があった。今のナーパは乙型を通り越して、中位・甲型に匹敵する力を持っているのを詞御たちはこれまでの浄化屋時代の経験から察する。故に、それを確実に超える為には階位を一つ上げるだけでは確実性に欠けてしまうのも同時に理解する。

 視界の端に、固唾を呑んで審判席からこの状況を観ている依夜たちが映る。


〔僅か数人とは云え、出来れば人の目に晒したくは無かったけどな。済まない、セフィア〕

〔それは貴方も同じなのでです。なので、お気になさらず、詞御。貴方の気持ちだけで、私は十分に嬉しいですよ。では――〕

〔――行くぞっ!〕


 セフィアの顕現が一時的に解け、詞御の中に戻る。

 軽く息を吸い、瞼を閉じる。すると、詞御の両腕手首と両足首を縛る縛鎖ばくさが現れた。そして、心の中で念じると、【呪昂鍵じゅこうじょう】――詞御の力を押さえつけている鎖――が弾け飛び、直後、これまでとは比較にならない高純度・高密度の昂輝が詞御の身体から立ち上る。


 詞御は自分の体にが戻ってきたのを確認すると両腕を上段に振り上げる。そして、何も持っていない両手を〝何か〟を握り締める形にし、意識を集中する。

 全身に纏っている白銀色の昂輝、そして詞御の半身とも云えるセフィアが形を変え掌の中に集中していくのを感じた。そして、〝とあるもの〟を、この現実世界に形創せしめる。


 利き手である右手には一体化する感覚を、左手には自分にしか持ち得る事が出来ない実感を確かめ、きつく握り締める。

 まだナーパの自我が残っているのか、それとも本能からの恐怖か、それとも両方か。一歩、二歩と後ずさるナーパの姿が詞御の視界に映る。


(今!)


 形を創り、両手で握りしめた〝モノ〟を一気に降り下ろした。ナーパの中にある一点に向かって。腕を振った軌道に沿って銀閃が煌めき、その先にあるナーパに届く。

 ナーパが纏っている風の鎧は、まるで最初から無かったかのように霧散し、倶纏の身体〝だけ〟が真っ二つに寸断された。


 寸断された断面からは、粒子が水蒸気のように立ち上ぼり消えていく。その量は瞬く間に増えていき、そして完全に消えた後にその場に残ったのは、ゼナ本人だけだった。


 一瞬、ゼナは何かに苦悶する表情を浮かべたが、直ぐに和らぐ。ゼナの身体を先程とは違う色――薄淡い緑色の昂輝で覆われた事によって。

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