2-7
『では、双方、定位置へと進んでください』
ニ、三分経った頃だろうか。理事長の声が拡声器に乗って闘技場に響く。
見上げれば、壁の一角がせり出し、面の一つが硝子張りの状態へとなっていた。先ほど引き上げていった理事長と依夜の姿が硝子の向こうに見える。それに加え、会っていない人間が数人居た。どうやら、あそこから観戦するらしい。
『私を含め、数人の審判でこの序列決定戦を裁定します』
理事長の声が闘技場にこだまする。それに対し、詞御とゼナは軽く頷いた。
白銀の昂輝を身体に纏わせ、ゼナを見る。
ゼナも青い輝きをうっすらその身に纏っていた。
(さて、自分という物が研究されているというのは、初体験。より気を引き締めていかないと……な)
『それでは、始めてください!!』
理事長の開始宣言が高らかに闘技場に響く。
「貴君の力、見せてもらいましょうかッ!!」
彼の前に、青き突風が巻き起こり、ゼナの倶纏が闘技場に顕現する。立ち上がれば、詞御の身の丈の二倍以上は優に誇るだろう。その巨体に跨るや否や、倶纏の口に結いつけられた手綱をゼナは握り締める。
とん、と横に跳ぶと、今まで詞御が立っていた地面に四本の鉤爪の跡が深く地面に刻み込まれた。
〔大した破壊力だ。しかも、半一体型。この
中位・丙型とは倶纏が昂輝を纏う事を指し示す。この階位に辿り着けるのは一万人に一人ともいわれる、それくらいの希少種だ。並みの者では辿り着く事は出来ないし、並みの者では倒せない。それが中位・丙型と云われる階位。
〔そのようです。一応、相手にとって不足なしです。尤も、今の段階では及第点ですが〕
続けざまに放たれる前足の鉤爪の攻撃を避けながら、セフィアは詞御の言葉を冷静・冷徹に肯定する。
中位・丙型は確かに脅威だ。階位が一つ違えば、絶対的な差となるといわれているのは誇張でもなんでもない。紛れもない事実である。しかし、この戦闘力だけで序列戦で今の地位を勝ち取った、というのはどうも腑に落ちない。それとも、この国自体が深刻な人材不足なんだろうか?
昨日の転入手続きの際、理事長室においての依夜の言葉が思い出される。
――『ゼナの公式序列戦も少し不可解な点が多いのです。前・序列二位との闘いの日程が決まった後、その者が序列戦前日の夜に何者かに襲われて怪我を負わされて、翌日の序列決定戦では本来の実力を発揮できないままに負けてしまったのです』――
(まさか、ね)
そう詞御が思った矢先だった。
何度目か分からない、右前足の四本の鉤爪を使った、斜め斬り下げの攻撃を紙一重で避けようとした時、ナーパが纏う昂輝が変質し始めるのに気付く。
〔詞御!〕
セフィアの警告と同時に、詞御は後方に大きく跳んだ。
次の瞬間、地面が何か重くて巨大な物を叩き付けたかのように、広く深く陥没した。観客席が大きくどよめくのを詞御は遠巻きに聞く。
〔今のは、風か?〕
〔しかも、圧縮された物ですね。成る程、これがあの倶纏の〝秘術〟というわけですか〕
「どうだ、その節穴な眼に焼き付けたか? 某の倶纏の本当の階位は中位・乙型。風をその身に纏い操る事ができる! 今のはほんの挨拶代わりに過ぎない! この風の力の前では、貴君の纏う昂輝など全く意味を成さないという事を敗北の証として刻み教えてやる!」
全身に強い風を纏い、倶纏の身体全体を四肢を目一杯使って攻撃を始めてきた。
中位・乙型は、【何らか(火・水・風・土属性等)の自然現象を纏い操るだけでなく、因果や概念と云った物に干渉し、物理法則をも捻じ曲げた攻撃】が出来る。これらを倶纏使いの世界では、〝
〔予想通り、中位・乙型の使い手か〕
〔どうやら、そのようですね。そして私たちの直感は正しかった。序列二位、そして、皇女様のパートナー候補となるだけの力はある〕
先程までとは違い、紙一重で避けると風圧で吹き飛ばされかねない。だが、大きく間合いをとってから徒手空拳で攻撃しても、纏っている風が鎧の役割を果たし届かない。多少は、弾き飛ばす事は出来るが、傷まで与えることは出来ずにいた。
しょうがない、と詞御は思い、下位・乙型状態に持っていく為に右手を刀の柄に掛ける。
「貴君の行為は無駄である。幾ら武器への浸透率を最大にした処で某には決して届かぬ!」
今朝の依夜の会話の通り、どうやら昨日の編入試験の内容を見ていたのは間違いないようだ。すなわち対策を練って来ている、という事なのだろう。ゼナの言葉は自信と余裕に満ち溢れているのが言葉の端々から感じ取れた。
「試してみなければ分からないさ」
詞御のその言葉をどう解釈したのか、ゼナはふん、と鼻を鳴らす。
「……貴君には失望した。いや、僅かでも期待した某が愚かだったと言うべきか? 相手との力量すら分からない程度とは。武器への浸透率が深いという事は、下位・甲型すらの力は持ち得ないという事の証であり、周知の事実。いくら高密度の昂輝を深く染み込ませた処で、そんなちっぽけな得物ではナーパの表面にすら、貴君は触れることは出来ぬ!」
ゼナが言っている事は文字通り、この世界の常識だ。厳密には倶纏使いの間では、だが。
とはいえ、身近でその常識から外れる存在を見ているはずなんだけどな? という疑問も詞御には湧いてくる。
〔もしかして、依夜の力量や倶纏の事を知らないか、もしくは気付いてないのか?〕
〔そう取るべきでしょうね。まあ、皇女様が教える訳がないのは、自明の理です〕
そうなんだろうな、と詞御は納得しつつ鞘から刀を抜く。
下位・乙型状態での攻撃は、昨日の依夜との闘いで全て見せたわけではない。むしろほんの一部しか見せていない。自身が振るう剣術は階位の隔たりを凌駕するのだから。
そう思い、切先をナーパとやらに向け、昂輝の浸透率を深めていく。
「はっ、言っても分からぬか貴君には。その蛮勇だけは称賛しよう。礼は、その身体に直々に叩き、刻み、教えて差し上げよう! 貴君が持つ、顕現すら出来ぬ、有象無象の倶纏の力。そんな物、某が振るう中位・乙型級の圧倒的な力の前では、塵芥に等しい存在だという事を!!」
〔……今、何と言いました、こいつは?〕
〔セ、セフィア……さん?〕
自身の相棒に思わず敬称を付けてしまうくらい、それ程までに内から伝わってくるセフィアの声には迫力があった。
いや、詞御も怒るべき処――尤も、怒りに任せて我を忘れる愚は侵さないが――だったのだが、あまりのセフィアの剣幕に詞御の感情の方が先に引っ込んでしまったのだ。眼前の敵にではなく、内なる味方に戦慄をする人間なんて、詞御だけではないのだろうか?
〔本来なら、あの程度の相手に姿などは見せたくはなかった処です。けれど、馬鹿にされたままというのはもっと許容できません。良いでしょう、有象無象か、その身にきっちり教えてあげますよ、この私が。詞御、顕現の許可を下さい〕
〔いや、怒るのは分かる。が、お、抑えろ、抑えろ!!〕
詞御の意思とは裏腹に、身体から昂輝の放出が増していく。より輝き、より高密度で。
これは、内に居るセフィアの感情の高ぶりを顕す現象だ。こうなると、もはや詞御には手が付けられない一歩手前。別な意味で制御不能状態に陥ってしまう可能性が高い。
〔し・お・ん〕
〔……はい〕
自身の倶纏なのに、こうなると逆らえないのは自分くらいだけなんだろうな、と詞御は心の中で黄昏るしかなかった。情けない事この上ないのだが、物心つく頃から一緒に居るのだ。これも意識ある倶纏を持つ者の定めなのか、と詞御の気力がごっそり削がれる。
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