エピローグ

 一人の少年が、いや、勇者が、保健室のベッドの上で目を覚ました。


 勇者の名は、遊佐奏太と言う。


 彼は目を擦り、自分が何をしていたのか、どうしてここにいるのかを必死に思い返した。


 思い返して、思い出して。


 そうして、遊佐は死にたくなった。


 自分がやってしまった事を、自分が勢いで口にしてしまった事を、落ち着いて、よく考えてみて、死にたくなってしまったのだ。




 ベッドの上でひとしきり悶えた後、彼はまた頭を抱えた。


 ステージの上で、思いの丈を告白した事は覚えている。


 けれど、それからどうなったのかが彼の記憶の中には存在しなかったのだ。


 頭を抱え、必死に思い出そうとする彼の隣で、彼と同じく眠っていた大男が一人、目を覚ました。




「ふぁー……おぉ、奏太、目覚ましたのか」


「え……太一?……何やってんの?」




 大男の名は、大西太一と言う。


 遊佐奏太の知り合い……いや、友達だ。


 大西の存在に気付き、首を傾げ、質問する遊佐。


 すると、大西は呆れながら、遊佐に全ての真実を伝えた。




「何ってお前……お前が突然体育館に現れて、突然告白して、そのままぶっ倒れたから保健室に運んできたんじゃねーか」


「……き、気絶!?」


「おぅ、酸欠になってたみたいだぞ」




 遊佐は自分の痴態を知り、それを理解できずに、理解したくなくて固まった。


 そんな遊佐を見て、大西は堪え切れなくなったのか、噴出しながら大笑いした。




「ブハハハハハ! お前、よくやったな! 信じられねぇよ!」


「わ、笑うな!」


「お前、校内で有名人だぞ? 「勇者」って呼ばれてる」


「う、うそ……」




 大西にからかわれ、遊佐はズーンと暗い表情になる。


 けれど、その心の根底に、後悔という感情は存在しなかった。


 死にたいくらいに恥ずかしいけれど、穴があったら入りたいけれど、不思議と

 、遊佐は自分の行動を悔いてはいなかったのだ。


 以前の彼とは、まるで違う。


 普通の少年から「勇者」へと、彼は生まれ変わったのだ。




「まぁ……でも」




 ひとしきりからかった後、大西は真面目な顔をして、遊佐に言った。




「すっげーかっこよかったわ。奏太、お前やる時はやるんだな!」


「太一……」




 ニッと笑ってそう言う大西に、遊佐は救われていた。


 自分のした事は間違いかもしれない。


 自己満足かもしれない。


 でも、ここに、その行為を認めてくれる人間がいる。


 いつも自分を助け、導いてくれる人間がいる。


 その事実が、彼にとって、唯一の心の支えになっていた。




「じゃ、俺部活行くから。奏太は体調戻るまで休んでけよ」




 そう言って、ベッドの近くから離れていく大西。


 大西の大きく、それでいて優しさの宿る背中。


 そんな後ろ姿に、遊佐は声を掛けた。




「太一!」




  遊佐に呼び止められ、振り返る大西。


  キョトンと見つめる大西に、彼は言った。




「……僕、バスケ部に入ろうと思う! 素人だし、足手まといになると思うけど……バスケ、本気でやってみたいんだ!」




 決意を、想いを、本心を、遊佐は吐き出した。


 すると、大西はにっこりと笑って、また背中を向けた。


 そのまま保健室の扉を開け、グッと、後ろ背に親指を立てると、そのまま大西は保健室を出ていった。


 それを見て、遊佐もまた、大西と同じように笑っていた。




    ×        ×        ×        ×  




 放課後の誰もいない図書室に、遊佐は一人で立っていた。


 彼女がいるかもしれないと、そう思って遊佐はこの場所を訪れたのだ。


 けれど、遊佐の予想は的中せず、寒々とした空間に、風と紙の擦れる音だけが響いていた。


 帰ろうと、遊佐はそう思い、出口に向かう。


 扉に手を掛け、スライドする。


 そうして、図書室から出ようとしたその時。


 突如目の前に現れたソレに、遊佐は驚いた。




「あ、秋月さん……」




 下を向き、無言のままその場に立ち尽くす彼女。


 彼女の名は、秋月文乃と言う。


 数時間前、遊佐が全校生徒の前で公開告白をした張本人だ。


 嘘の告白をした後ろめたさからか、それとも本当の告白をした気まずさからか、遊佐は彼女になんて声を掛けていいのか分からずに、彼女と同じようにその場に立ち尽くしてしまう。




「えっと……ごめん、色々と」




 そのまま数分が経った後、ようやく遊佐が口を開いた。


 嘘の告白をしてしまった事もそう、文化祭を一緒に見て回るという約束を破ってしまった事もそう、彼女の気持ちも考えず、突然大勢の前で告白してしまった事もそう、遊佐には、彼女に謝らなければならない事が沢山あった。


 彼女は怒っていると、彼女は許してくれないかもしれないと、そう、遊佐は思っていた。




「……どうして、あんな事をしたんですか?」


「……えっと……弓野達との罰ゲームで……」


「違います」




 “どうして嘘の告白なんかしたのか”。


 そう聞かれたと思って、遊佐は答えようとした。


 しかし、彼女の質問は、求めた答えは違っていたようで、遊佐の返答は早々に否定されてしまう。




「えっと……え?」


「どうして、“北中生の叫び”で告白なんて……」




 下を向きながら、言葉を紡ぐ彼女。


 彼女のその問いかけに、遊佐は頭を悩ませた。


 秋月文乃が好きだという気持ちをいつ自覚したのか。


 それは、遊佐本人にも分からなかった。


 どうして、あんな大勢の前で告白をしたのか。


 それは、自分の言葉に真実味を持たせるため。


 嘘ではないと、覚悟を伝えるため。


 自分の“普通”を貫き通すため。


 けれど、結局はそれも彼女に迷惑をかけただけで。


 自分のエゴを優先しただけで。


 もっと考えてから行動すべきだったと、ここに来て初めて、後悔らしき感情が遊佐の中に芽生えだしていた。


 どうして、“北中生の叫び”で告白しようとしたのか。


 それは……


 




「秋月さんの日記を見て、それで決心が……」


「えっ!?」




 遊佐がそう言うと、彼女はガバっと顔を上げ、アワアワと口を震わせた。


 顔は真っ赤に染め上がり、秋に色づく紅葉のようになっている。




「あ、あれを……読んだ……!?」


「えっ……あ……うん……」




 そう言うと、彼女は今まで我慢していたものを吐き出すかのように、堰が切れたように、遊佐に捲くし立てた。




「ど、どうして断りもなく読むんですか!? あ、あんな可愛くないノートに、ポエムみたいな文章……そ、それに、私、恥ずかしかったんですからね! 突然遊佐君が現れて、突然大勢の前で告白されて、突然倒れて、驚きましたし、心配しました! それに、傷つきもしました! 罰ゲームで告白なんてしないでください! 死にたくなりました! 反省してください!」


「は、はい……」




 今まで見た事のない彼女の言動、勢いに、遊佐は戸惑い、しどろもどろになりながら頭を下げた。


 言い返す事ができなかったのだ。


 全て自分が悪いから、それを知っているから、遊佐は謝る事しかできなかった。




「それで……えっと……その」




 息を切らしながら想いの丈を吐き出した彼女は、今度はいつものようにモジモジしながら遊佐に聞いた。




「その……体育館での……あの……アレは……信じてもいいんです……か?」


「……うん。アレは、あの言葉は、嘘じゃない。僕の……本心です」




 遊佐はゆっくりと、彼女の目を見つめて言った。


 今度は間違えないように。


 自分の気持ちに忠実に、自分で決めた“普通”を彼女に伝えるために。


 すると、彼女はその場に力なくへたりこみ、しくしくと涙を流し始めた。




「え!? ど、どうしたの!? 秋月さん!?」




 そんな彼女を見て、遊佐は驚いた。

 

 もしかしたら、自分に告白されたのが泣く程嫌だったのかもしれない。


 そんな考えが脳裏を過り、遊佐は冷や汗をかきながら彼女に聞いた。


 すると、彼女は……




「よかった……嫌々私に付き合ってくれてたのかと思った……本当に良かった……」




 そう、言った。


 そんな彼女を見て、泣きじゃくる彼女を見て、遊佐は思わず笑ってしまう。




「どうして笑うんでずがぁ~…………笑われてもしょうがないかもしれないけど……」


「いや、だって……ふふふ……でもね、秋月さん、この世の中にしょうがない事なんてないと思うよ」




 彼女に、秋月文乃に告白して本当に良かったと、そう思ったから遊佐は笑ったのだ。


 自分の想いは、自分の“普通”は間違いじゃないと確信したから遊佐は笑ったのだ。




 遊佐は彼女の前に跪き、彼女に手を差し伸べて、彼女を宥めるように言う。




「大丈夫だよ、秋月さん。僕が秋月さんを嫌う事なんて絶対にあり得ない」




 遊佐がそう言うと、彼女は涙を拭いながら笑顔を見せ、ゆっくりと、遊佐と一緒に立ち上がった。




「あ、ありがとうございます……遊佐君」




 二人で両手を握りながら、目を見つめながら、彼女は言った。




「……私も、遊佐君の事が大好きです」




 彼女のその言葉に。


 純粋で、柔らかく、温かく、真っ直ぐなその言葉に。


 


 遊佐は赤面した。




 了。

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オオカミ少年⇔ブンガク少女~罰ゲームで根暗女子に告白したら、何故か付き合う事になってしまった~ 村木友静 @mura1420

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