3日目




――3日目


 早朝から家に誰か尋ねてくる。


 スーツ姿の大人の男性だ。

 清潔そうな身形で整った顔立ち。七三分けの髪型に四角い眼鏡した真面目そうな好青年っという感じだ。

 


「――私は、間宮まみや 達也たつやと申します。美玖のマネージャーです。朝から押しかけてしまって申し訳ございません」


 紳士的な口調で言いながら、間宮さんは俺達に名刺を渡してきた。


 なるほど、アイドルである美玖のマネージャーさんだったのか。


 間宮さんは自分の車に沢山の荷物を積んでおり、家の中に運んできた。

どうやら美玖に頼まれて持ってきてくれたようだ。


 俺の部屋から向かい側の部屋が空いており、そこで美玖は暮らすこととなった。





 学校に行くと、美玖は相変わらずの人気ぶりだった。

 なぜか俺まで注目を浴びることとなり複雑な気分だ。


 これまで陰キャとして無視され続けただけに、とても喜ばしいとは思えず寧ろ迷惑だと思った。

 だからって、美玖を責める気にはならないけどね。


 あっ、そうそう。


 今日は、あの井上 健太が教室にいた。

 痛々しく首にコルセットを巻いている。


 俺のことを鋭く睨んでくるも、美玖が傍にいるからか近づいてくることはない。

 そこだけは唯一良かったと思う。





 美玖と一緒に家に帰宅し、夕食の支度をする。

 彼女も手伝ってくれた。


「シンシン、なんか夫婦みたいだねぇ」


 嬉しそうに微笑んでくる。


 リアクションに困るから、そういうこと言うのはやめてくれ。


「なぁ、美玖。今日こそ聞かせてくれないか? 俺についての話……」


「……いいよ。夕食終わったら話すね。シンシンの部屋、行っていい?」


 俺はこくりと頷いた。

 

 調理場で、二人でそんな話をしていた頃、近くのリビングから、妹の小春が俺達の様子を伺っていた。

 時折、キッとした目つきで睨まれているような気がする。





 夕食後、俺の部屋にて。


「それじゃ、美玖。早速、聞かせてもらえないか……って、なんで小春までいるんだよぉ?」


「いいじゃん……別に」


 美玖の隣で、小春がふくれっ面で絨毯に座っている。


「あたしは別にいいよ……小春ちゃんだってお兄ちゃんが心配なんだろうし」


「心配? わたしが、おにぃを!? どうして、こんな奴ぅ!」


「じゃあ、お前だけ出て行け」


「嫌だもん!」


 兄妹で揉めている中、美玖は「まぁまぁ」と宥めに入る。


 場が落ち着いた時、美玖は小さな口を開いた。



「――驚かないで聞いてくれる? あたしね、10年後の未来からタイムリープしてきたの」


「え?」


「タイムリープ?」


 俺と小春は訊き返し、美玖は真顔で頷く。


「そう、半年前にね。だから後8日でシンシンが死ぬのも知っている。あたしは、その事実を回避しに来たってわけ」


「死ぬ? おにぃが? なんで?」


「……わからない。あたしはその時、地方でコンサートツァーの真っ最中だったから。当時の新聞やおばさんから聞いた話だと、学校の屋上で誰かに刺殺されたって聞いたよ。確かおばさんも主張中で家にはいなく警察から聞いたって言っていた記憶があるよ」


「刺殺? ってことは、俺は誰かに殺されるってことか?」


「……そうなるかな」


「信じられないよ……」


 小春の反応。


当然だ、俺だって信じられない。


 けど、現実に美玖は多忙なアイドル活動を休止してまで、この街に戻ってきている。


 わざわざ学校も転校して、同じクラスで過ごしている。


 こうして俺の部屋にいるんだ。


 アイドルが忙しすぎて精神的に参ってしまったのか?

 それで嘘をついてまで、俺の所に来たのか?


 いや、違う……この真剣な表情を見ればわかる。


 本気で言っているのは間違いない。


 それに美玖は昔っから格闘だけじゃない。メンタルだって強い子なんだ。



「――俺は信じるよ、美玖のこと」


「おにぃ?」


「本当にタイムリープしたかどうかは別として、美玖が強い決意でここにいる事は理解できる。今までの行動が物語っていると思う」


 俺が言った瞬間、美玖が抱きついてきた。


 小春が「ええっ!?」と驚く。


 ふわっとした香りに柔らかく温かい女の子の感触に、俺はドキっとした。


「み、美玖!?」


「ありがとう……キミなら、そう言ってくれると思ったよ。だから正直に打ち明けたの。普通こんなバカげた話、誰も信じてくれないよ……」


「俺は……美玖を信じている……それしか言えないけど」


「でも、嬉しいなぁ、シンシン♡」


「ちょっと、ストップ! もういい加減に離れてよぉ! おにぃ、お母さんに言うよ!」


 小春は「わたしも信じるから離れなさいよぉ!」っと、俺に向けてブチキレる。

 妹よ。俺に言っても仕方ないじゃんと思うが、思春期だからしょうがないと割り切った。


 美玖は俺から離れていく。


「でも、美玖いいのか? アイドル休んで……わざわざ転校まですることはなかったんじゃないか?」


「……うん。でも、そうまでしないと信じてもらえないと思ったから」


 確かになぁ。だから俺は信じることにしたんだ。


「アイドル活動の件は大丈夫だよ。半年前からクビ覚悟で事務所と交渉して、こうして無理矢理に休業できたんだから。あたしの精神的な体調不良ってことでね。実際、行われる筈だったコンサートツアーも延期になったけど……問題はないよ」


 クビ覚悟って……マジかよ。


 俺なんかのために……アイドルを捨てるっていうのか?


「どうして、美玖がそこまで……俺のために」


「言ったでしょ、大切な人だって……もう後悔はしたくないの」


「後悔だって?」


「うん、もう言っちゃうね。あたしね、シンシンが好きなの。ずっと前から――」


「「えっ!?」」


 俺だけじゃなく、小春までも声を上げて驚く。


「あたし、シンシンを守るためなら、アイドルなんていつでも捨てられるよ……だから大丈夫、キミはあたしが必ず守るからね♡」



 こうして俺は、ずっと片想いだと思っていた幼馴染から、衝撃的かつとんでもない話をいくつも聞かされてしまうのであった。




【芯真が死ぬまで、あと7日】




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