煙と酒 ―恋愛的ひと思案
夏の陽炎
第1話 煙
彼は煙草の煙を燻らせた。
灰皿で灰をサッと綺麗に拭い去ると
「は?」
と一声冷たく言葉を吐いた。
そして、わたしを蹴散らした。
歪んだ弓なり型の唇は、後から目の中の水晶体に像として結んだ。
明らかに ”例のあの人”が飛びぬけ魅力的に見えそうな…
歓楽街の小洒落た小さな大衆居酒屋だった。
メニューもにぎやかでありながら料金も良心的なのに、
店内の調度品は、高級感を無くしていない。
その店の趣向は、まるで平和的に和やかに人と人とが対話できることを奨励し賛辞しているみたいだった。
彼が居たのは小さな仕切りで区分けされているだけの開放的な畳の座敷で、一番奥の席から二番目の席で、店の入り口から目がギリギリ届くところに座っていた。
わたしは、席から離れて靴を履き、店の出入り口まで来て後ろを振り返った時にやっと彼がいた位置をきちんと頭に把握できた。
にぎやかな店に入って人波にのまれても見つけやすく、かといって丸見えすぎないでお互いに席で向き合って目を合わせて対面しやすい席に居たのだった。
誤解を招かないように言っておきたいが、私が彼に情動を揉まれてるなんてことはない。
わたしが生まれてきて血縁を持っているから彼に会わなければいけなかった、だけである。
互いのことを、初対面のように知らん顔し合うし、考え方も人生の迎え方も異なるから他人のように映る、が、遠縁らしい親戚だった。
迷った時に、頼りにするのが彼だと言ったら本音過ぎて趣向に欠ける。かといって自分をドレッシングしてくれるものが他に何なのか分からず、ほんのひと工夫した。
つまり、彼とは他人行儀にし、目を合わせる、一言で済ませる、をした。
それなのに、まるで1時間は彼と話し込んだと思わせるような時間の経過を感じさせたのは、ただの装い。
(なんのための装いだって?)
彼を小道具の様に位置させた私に、彼のその代償を求める台詞が飛んでこないかと想像したが、そういう情状はない。
ただ、わたしは彼という砦に囲まれなければ、
新しい誰かを迎える勇気もなかった。
愛という意味を解らないと燻らせば、自己失墜にたどり着いた。
この先をどうするか、それについては、たぶん今日も再び教えられた言葉が甦りそれが導く通りである。
言葉とは、
『全日制の高校を退学して怪しげな勧誘にあったのはもったいない。人生を損じた。』というもの。
全日制の高校を辞退したのは、たかだか15歳の子供である私だったが、選択した当時は若かったとはいえ理解しなければいけないことだった。
「好きになるのに理由はいらないでしょ?」
私は、得意な映画を真似たような台詞を重ねてみた。
(好きな言葉や物事を並べることからなら、私にもできるわ。)
爪の先を見れば、磨くことさえ集中できずに、許しを乞いたい弱い自分を知ってしまった。そんな自分ができないことを永遠の罪だと言い募りすぎるのは酷だけれども、誰かを迎えるのは、そうした欠点を整え直して愛情を与えることだとわたしは考える。
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