第4話 元婚約者
翌日、私とマーキュリは山を降り街へと出かけた。
戦後の復興もあってか、人通りも多く賑わいを見せているようだ。
マーキュリは私の隣で歩く度にカシャカシャと金属同士が擦れ合う音を鳴らしていた。
最近好きになった音。彼が傍にいると思うだけで安心してくる。
一通り買い物を終えた頃、私はあることに気づき始めた。
――これってデートじゃありません?
そう思った瞬間、顔が火照ってくる。
横目でちらりと背の高い彼の横顔を見つめてみた。
マーキュリは目を合わせ、いつもの優しい笑みを見せてくれる。
私は反射的に顔を逸らし俯いてしまう。
いけない……わ、私ってば完全に意識してしまっている。
「シャオお嬢様、わたくし少し寄りたいところがございまして……」
「え? どこです?」
「技工屋です。月に一度、義肢のメンテナンスしているのです」
「そ、そう……わかりました。行きましょう」
「いえ、お嬢様が同行されてもつまらない所です。あそこのお店で体を休めてお待ち頂けませんか?」
マーキュリは露店に差して言っている。
彼がそう言うのも珍しい。おそらく私に見られたくない部分もあるのだろう。
「わかりました。そこで待っています」
私は微笑み頷くと、彼は軽く会釈をして人混みの中に消えた。
いつも傍にいてくれるので、胸の中心にぽっかり穴が開いた気分だ。
「まぁ、言われた通りに待っていればいいでしょう」
そう自分に言い聞かせ、露店に向かおうとした時だった。
「シャオティアじゃないか?」
聞き覚えのある男の声。
私が振り向いた瞬間、その姿に瞳孔が開いた。
――カイル。
嘗ての婚約者だ。
彼の後ろには六人ほどの兵士が護衛しているように立っている。
まるで見たことのない軍服。まさか敵国だった『ガイバロッサ帝国軍』?
だけど、なぜカイルが帝国軍の兵士といるのだろう……。
「これは、カイル様。お久しぶりです。私に何か?」
「ずっと、キミのことを探していたんだよ」
しれっと言うカイルの言葉に、私は顔を顰める。
「仰る意味がわかりません。一方的に婚約を破棄され、立ち去られたのは貴方の方ではございませんか?」
「……ああ、悪かったと思っているよ。けど言ったろ、家を守るためだって。でも、その甲斐もあり今はとても充実している」
親指で後ろに並んでいる兵士達を指し示す。
「ファンネリア王国の兵士ではございませんね?」
「そうだ、ガイバロッサ帝国軍の兵士達だ。僕の護衛でついて来てもらっている」
「どうして他国の兵士達が貴方に?」
「婚約したからだよ。ガイバロッサ帝国軍の上層部の令嬢とね……おかげで僕も将来有望の幹部候補さ」
なるほど。
この方のモテ具合は他国でも精通していたようだ。
所謂、婿養子という所でしょう。お家を守るための。
その為に、私との婚約を破棄したのですね。
しかし、どこにも住み着くことができる寄生虫のような方ですわ。
どちらにせよ、私には関係のないこと。
「そうですか。それではカイル様、どうかお幸せに――」
軽く頭を下げ、背を向けた。
「待ってくれ」
カイルは私の腕を掴んでくる。
「な、なんですか!?」
「僕の話を聞いてくれないか?」
「話ですって……」
「そうだ。率直に言おう、僕はキミとよりを戻したいと思っている」
はぁ!?
突然、何を言い出したか理解できず、私は目を見開く。
「な、何を仰っているのです!? 貴方には婚約者がいるではございませんか!?」
「そうだ。だけどね、ガイバロッサ帝国は上級貴族に限り一夫多妻制なんだ。三人まで妻を娶ることができる。婿養子でも、その権利は有するらしいんだ。正妻は今の婚約者になるけど、その後はキミとも結婚はできる」
「どうして私なのですか? 貴方は私を捨てたではありませんか!?」
「わかっている。でも、忘れられないんだ……シャオティア。キミのような美しい女性はそうはいない。はっきり言うと婚約者より断然ね……だからキミをガイバロッサ帝国に連れて行きたいと思っている」
身勝手な言い分に私は腹が立ってきた。
カイルは私のことを外見上でしか見ていない。
いや、この男にとって女性は自分の地位を上げ満足させるための道具でしかないのだ。
こんな奴に私は振り回されたと思うと情けなくなってしまう。
「嫌です! 離してください!」
「なぜだ!? 怒っているなら謝るよ! 僕だって、あれからキミを探したんだぞ、シャオティア!」
「探していた? 私を?」
「ああ、そうだ。色々と手配してね……そして、こうして再会できたんだ。随分と見窄らしい身形だが、キミのその金糸の髪と美貌はなんら変わっていないので安心したよ」
見窄らしい? この服はマーキュリが私のために買ってくれたドレスなのに……。
「
「え?」
「貴方に捨てられ、路頭に迷った私が最初に辿り着いた場所です。そこで一ヶ月ほど過ごしていました」
「そ、そうか……大変だったね」
「人として尊厳や大切なモノを失いかけた時、昔執事だったマーキュリ・ヴェストに拾って頂き今の私がいます」
「マーキュリ? ああ、あの徴兵で出て行った黒髪の執事だね……けど、それは偶然だろ? 僕だってキミを探していたんだ」
「カイル、貴方は一度でもご自分の足で探してくれたのですか?」
「……いや、向こうとの縁談もあったし、それどころじゃなかったさ。けど、キミを探すために沢山の人を使ったよ。費用だって惜しまなかったさ」
「マーキュリは戦地で負傷してあのような身体にも関わらず、ずっと一人で私のことを探してくれた……今も親身に、こんな私のために尽くしてくれています」
「キミのような美しい女性であれば男なら誰だってそうするさ。彼だって、それが目的だろ?」
駄目だ、この男……話にならない。
マーキュリの誠実さは一生理解できないだろう。
これ以上、話しても逆に彼が汚されてしまいそうだ。
そんな気がしてならない。
「とにかく離してください、カイル。私は貴方と共には行きません」
「シャオティア?」
「金輪際、私に近づかないでください! 早くこの国から出て行って――!」
パン!
カイルが私の頬を叩いた。
「っう……」
「キ、キミが悪いんだ、シャルティア! 僕の誘いを無下に断るから!」
カイルは咄嗟に手を上げたことを私のせいにした。
お父様にも叩かれたことがないのに、痛みよりも悔しくて涙が溢れてくる。
そんな私達のやり取りに通行人達が何事かと覗き込んでくる。
しかし護衛の兵士達が、見えないよう取り囲んでいた。腰元の拳銃に手を添えながら、とっとと行けと誘導している。
みんな見て見ぬ振りをして、その場から離れていく。
大通りだというのに、辺りは私達だけとなった。
「周りを見てごらん、シャオティア……今の僕には力がある。大丈夫、キミを幸せにして見せるから」
カイルは一変して、諭すような優しい口調になる。
彼の本性を知ってしまった私が靡くわけがない。
「嫌ですぅ! 助けて、マーキュリ――!!!」
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