モブ男の俺が美少女に旅行部なる謎の部活に誘われた結果

歌川 ヤスイエ

プロローグ

『自分が変われば世界が変わる』俺はこの言葉が大嫌いだ。

 世界を変えてきた人間、なんて言うのはほんの一握りの天才達であって俺のようなモブ野郎では無い。

 

 平々凡々な人生を歩む者たちが、変わろうと努力した所で、周りの人間は気にすらめめないわけで__だってそうだろ? 

 彼女の髪型の変化に気付けなくて喧嘩する馬鹿どもが多い世の中、他人の変化になど気づくはずもない。


__はぁ


 教室の窓側、一番後ろの席に座る俺は大きなため息を付く。


 ため息は幸せを逃す、と言うがそれは大きな間違いだ。

 俺は幸せじゃないからため息を付いている訳で、幸せならため息では無く深呼吸と呼ぶのだ。


 自他共に認めるモブ野郎こと俺、高宮新太たかみやあらた16歳は2週間前に地元の八ツ木北やつぎきた高校に入学した。

 一人っ子の3人家族で、父は営業職、母はスーパのパートで共働き。家族構成まで平凡だ。

 名前の由来ゆらいは、両親にとって『新しい太陽みたいな存在』と言う理由から命名されたらしい。これまた平凡。


 特に特技や趣味もなく育った俺は、適度に勉強して、適度な娯楽ごらくに浸り、偏差値すらも普通な高校に進学。

 もはや俺の人生は普通の中の王様と言っても過言ではない。


 だが俺にも唯一、普通じゃない事がある。

 高校に入って2週間、全く友達が出来ない。


 見た目も普通で体型も平均。自分で言うのもなんだが、ここまで話しかけやすい奴はそうそういないはずだろう。


 高校デビューだと周りに思われるのがしゃくで、わざわざ髪型すら流行りから一歩遠ざかった特徴のないように切ったと言うのに。


 むしろ自分でモブになりに行っている説まである。それなのに……なぜ俺は友達が出来ない?


 中学の時は、小学校から一緒の友達が多かった為、最初から友達を作る必要はなかった。あれよあれよと勝手に友達が増えて行ったものだ。


 だが八ツ木北に進学した中学の同級生はゼロ。俺の友人関係は一旦いったんリセットされた。


 それでも俺は、小学生や中学生の時のように、すぐ友達が出来ると言う安直な考えにおちいってしまっていた。これが大きな間違えだった。


 高校生なんて言うのは大人の一歩手前、ランク付けは当たり前のようにされており、俺みたいな奴はもっと積極的に話しかけに行くべきだった。


 ここ2週間の会話と言えば、


「おーい、にった君! 移動教室だぞー!」

「あ、え、うん! ありがとう」


 にった、って誰だよ、レベルの会話しかしていない。


 高校生活を楽に生き抜くためには、どこかしらのグループに所属しなければならない。

 特に俺のようなモブは、1人でいる時間が長くなれば長くなるほど、『あいつはぼっち』と言うレッテルを貼られ、さらにグループに所属しにくくなる。


 そして俺は、グループに所属する機会を逃し、入学2週間目にして『あいつはぼっち』の不名誉な看板を背負ってしまった。


 こうなってしまっては為す術もない。誰かに話しかけに行こうが、ぐに会話を切られ、逃げられる。


 部活に入ればいいじゃんと言う奴もいるかもしれないが、俺は絶対に入りたくない。部活の人間関係ほど面倒臭いものは無いと思っているから。


 こうして無事? 俺のぼっち高校生活が始まったのである。


「高校辞めてぇ」


 と思う事も多々(たた)あるが、高校を退学してしまっては、俺の目標としている平凡な人生にひびが入ってしまう。

 だからとりあえずは毎日、遅刻せずに学校に通っている。


「いただきます」


 教室のすみで1人、合わせた両手の親指ではしを挟みながら小さい声で言う。青色の2段弁当を開けると下が海苔弁、上段には夕飯の残り物のハンバーグと金平ごぼう、マカロニサラダとミニトマトが2個入っている。


 弁当の中身までも普通だが、毎朝作ってくれる母さんには感謝しているし、この素朴そぼくさが弁当の醍醐味だいごみと言っていいだろう。


 そそくさと弁当をたいらげた俺は、机に突っ伏し寝たふりをこく。これがぼっちである俺が昼休みの長い時間に出来る唯一の抵抗だ。


 え、昼休みは短いって? ぼっちにとって昼休みは地獄の時間なのだ。授業よりも、うんと長く感じる。


 窓際の席なだけあって斜めに差す日差しが気持ちいい。


 しばらく目をつむっていると誰かが俺の肩をチョンチョンと叩いた。


「高宮君、ちょっといいかね」


 昼休みに話しかけてくれる奴がいるなんて、と少し期待したが、声の主はクラスの担任、長瀬京子ながせきょうこだ。


 むくっと状態を起こし、あたかも寝てました雰囲気を出して目をこする。


「なんすか」

「話があるから職員室に来てくれ」


 あれ、俺なんかやらかしたっけ?


 長瀬先生の後をテクテクと追いかけ教室を出る際、初めて俺はクラスメイトに注目を浴びた気がした。

 初日の自己紹介でさえ誰も俺の話は聞いていなかったと言うのに……。


 少し泣けてくるぞ。


 職員室に入ると長瀬先生はドカ、っと椅子に腰掛け、足を組みながら煙草タバコに火をつける。


 ここ絶対禁煙だろ……。


 長瀬先生はかなりの美人で、校内でも人気の高い先生である。キリッと吊り上がった目にとんがった鼻、スタイルもかなりいい。見た目からして強気な性格が滲み出てはいるが、足を組みながら煙草を吹かす姿は、かなり様になっている。


 ふぅ、と煙を撒き散らしながら幸福感に満ち溢れた顔をしている。俺はいったい何をしにここに来てるんだ。


「あ、あの。なんすか話って」


 話を聞こうとすると、長瀬先生の目はギロリと、俺を睨むような形でこちらを見て来た。


 怖ぇー。煙が目に入っただけだよね!? 生徒をそんな目で見る教師がいるもんか。


「吸い終わるまで待て、至福の時を邪魔するんじゃない」


 このヤニ中が、と心の中でつぶやきながら、長瀬先生が煙草を吸い終わるまで待つ。

 この時間が絶妙に長く感じる。カップラーメンの3分と同じような感覚だ。


 吸い終わった吸い殻を灰皿に押し付けると、またギロリときつい目で俺を見た。


 あっ、煙が目に入ったんじゃなかったんっすね。


「高宮君、部活には入らないのかね」

「あ、まぁ、はい」


 なんだ、部活の勧誘か。絶対やらねぇよ。


「そうか、なら今日の放課後、屋上の掃除を頼むよ」

「……え、それだけですか?」

「ん? そうだが?」


 モブは、部活の勧誘すらされないのか。

 俺が知ってるアニメや小説だと、大体、冴えない地味野郎は部活に誘われるか、美少女が周りに寄り付く、不自然なご都合展開になるはずなんだけど。


 今考えてみれば、そんな冴えない男達も、一応は物語の主人公であって、本当のモブではない。

 真のモブの周りには何の進展も訪れないって事なのだ。


「わかりました」

「高宮君に頼んで良かった。君は聞き分けが良いからな」


 そんな理由かよ。俺、この人の生徒として見られているのか?


 そんな事を思いながら俺は職員室を後にした。


 その後、誰と会話をするわけでもなく時間は過ぎ放課後、普段なら荷物をまとめて帰宅するところだが、俺は長瀬先生に言われた通り、屋上の掃除をしに向かった。


 ガチャ、っと重いドアを開け屋上に入る。日差しが強くかなり眩しい。


「あら、やっと来た」


 屋上にいたのは1人の少女。ほうきを持ちながら俺の方を大きな瞳で見る。


 俺は彼女を知っている。と言うか知らない学生はこの高校にはいないはずだ。彼女の名前は早坂美月はやさかみずき。八ツ木北高校に入学した当初から美人と評判で、瞬く間に有名人となった。


 スラッとした高身長に、腰まで伸びたつややかな黒髪、長いまつげはピンと上を向き、大きな瞳をさらに強調している。

 鼻筋も高く端正な顔立ちで、色白で透明な肌は神々しくも見える。


 神様に愛された彼女は、生まれて来た瞬間から美人なのであろう。

 彼女が着ている何の変哲もない制服は、周りのそれとは違って見える程に、良く着こなしている。


 もちろん俺は彼女と話した事など一切ない。そして周りの男子もおそらく話しかけづらいのだろう、よく1人でいる気がする。言わば『お高い女子』ってやつだ。


「よ、よぉ。早坂も掃除を?」

「ええ。毎日の日課なの」


 毎日やってんのかよ。じゃあ俺いらなくね? 帰ろうかな。気まづいし。


 クラスメイトとすら上手くコミニュケーションが取れない俺が、今更こんな美女と会話が続くものか。

 俺はただ黙って箒を手に取り、ほこりを掃きまくった。


「あの、私あなたの名前を知らないんけど、教えてくれる?」


 __え!! 早坂が俺の名前を聞いてきてる!? 


 彼女の名前はその見た目通り『美しい月』、一方俺の名前は存在に似つかわしくない『太陽』、彼女と俺ではまさに『月とすっぽん』である。


「あ、あぁ。悪い悪い。1年3組の高宮新太だ、よろしく」

「別にクラスは聞いてないけれど、よろしく」


 何組かくらい言っても良くない? そんない俺に興味ないかよ、一応名前聞いてきたのそっちだからね? 思春期の男子は名前聞かれるだけで意識しちゃうんだからやめて!!


 名前を聞かれた時、彼女は俺に少し興味があるのではないか、と期待したが、全くもって違ったようだ。

 そもそも興味があれば名前くらい知っているか。


 お高く止まる彼女との出会いが、俺のモブ高校生活を大きく変える事となる、みたいな展開来ないかなぁ、と心で思いながら早坂とは一切会話をする事もなく、屋上の掃除を終えた。


「じゃあ今日は手伝ってくれてありがとう」

「お、おう! 気にすんな」


 太陽が沈み月が顔を見せる準備が始まる。綺麗な夕日だ。


 下校中に通る、河川敷の橋の上で夕日を眺めながら、俺は早坂美月の事を思い出している。


「可愛かったなぁ」


 今日、彼女と出会った事を俺は一生忘れない事であろう。

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