2-40 ムーベルク鉱山刑務所
───帝国鉄道、一等車個室にて
「····もう残された時間が無いわね」
クレイはフランシア国王退位が書かれた朝刊両手に透き通った美しい顔の眉間にシワを寄せながら呟く。
「へいクレイさん朝食お待ちしました、今日は白身魚のキャビアぞえですよ! 美味しそうですねぇ」
「ん、ありがとうベロニカ。二人分私が食べておくから、貴女はこのお金で三等車で売っているふかし芋でも食べて来なさい」
「えぇぇぇぇえ、今日も食べさせてくれないんですかぁ!?」
こだまするベロニカの嘆きをクレイは無視し二人は今、総督府襲撃の実行犯として捕縛されたダリルのあとを追ってオストライン北部に存在する『ムーベルク鉱山刑務所』へと向かっていた。
「美味しかったなぁ、ふかし芋·····、きっと白身魚のキャビアぞえよりも美味しかったんだろうなぁ」
飯の怨み恨みを吐きながらベロニカが帰ってくると、クレイはテキパキと身支度の準備を始める。
「ほら、そんなひしゃげた顔をしないで降りる準備しなさい、そろそろ到着よ」
「あぁ、初魔動列車の旅に高いお金払ったのに、結局何一つ楽しめなかったぁ·····」
「私たちは旅行に来た訳じゃなくてダリルを助けに来たのに、まったくこの子ときたら」
「一応私の方が年上なんですけどね·····。ところで、本当にそのむーんそると?鉱山刑務所てところにダリルさんがいるんですか?」
「『ムーベルク鉱山刑務所』よ。私の仲間からの情報よ、間違いないわ」
その返答にベロニカはふーん、と言いながら眉をひそめる。あのレバンナとダリルの決闘後、虎の子の大金が入ったポーチをとられ、捕縛されたダリル救出という共通の目的のために
裏世界の情報屋に精通し、特権階級しか乗れない帝国鉄道の一等車に乗るための偽装身分証すらも調達するコネクション、そして何度も彼女の元に訪れた明らかに堅気顔ではない敬語で話す男たち。最初は年下となめくさっていたベロニカであったが、その光景を何度も見るうちにえもいえぬ恐怖すら覚えはじめていた。
(·····なんだが大変なことに巻き込まれそうな予感がビンビンですよ、ダリルさん)
しかし、最近はそこそこ会話も弾み、ジョークも言い合える仲てあることを勇気にベロニカはずっと抱えていた一つの疑問を問い掛ける。
「あのぉ、どうしてクレイさんはダリルさんをそんなに救おうとしてくれるんですか?」
その疑問に対してクレイはまっすぐとベロニカの目を見つめる。まるでその眼の奥底にどす黒い闇を抱えたような黒色の瞳を向けられたベロニカは、否が応でも心拍数があがってしまい、やっぱり何でもないです。と、言ってしまいそうになったが寸前のところで先にクレイが胸中
を語り始める。
「····恋をしているからよ」
「へ!? 嘘ぉ!!」
大人びた表情でのカミングアウトにベロニカは動揺し、なぜか頬を赤らめる。
「そう嘘よ、強いて言うならばあの男が強いから、それが理由かしら」
フフンと口角をあげどや顔するクレイにベロニカはたじたじとなる。やがて目的地到着のアナウンスが流れると、クレイは持ち前の美しい銀色の長髪を靡かせながら立ち上がる。
「さぁ行きましょうベロニカ、早くしないと『鬼拳』といえ危ないかも。なんせ彼がいる
───ムーベルク鉱山刑務所内、第三十五層にて
「ひ、ひぃぃぃ!!? 蜘蛛型の魔獣が出たぞ!! みんな逃げろぉぉ!?」
一人のみずぼらしい囚人服の男が叫ぶと、他の囚人達も手に持っていたつるはしやシャベルを投げ出し、蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。
迫り来るは象と同じ位と言っても過言ではない、規格外サイズの蜘蛛型魔獣ッッ!! そんな巨体にも関わらず、化物蜘蛛は八本の足を器用に、全力で稼働させ恐るべきスピードで逃げ惑う憐れな
後ろから迫るグロテスクな鳴き声から必死に逃げているつもりが、日頃の重労働と寝不足のせいで全力とは程遠く、距離の差は瞬く間に縮まるなか、今度は逃げる最前列から歓喜の叫び声がこだまする。
「し、『シュラハト』だ! シュラハトが来てくれたぞ!!」
その言葉と同時に、自分たちの間を目にも止まらぬスピードですり抜ける影ッッ!! さっきまで逃げていた囚人全員が立ち止まり歓声をあげるッッ!!
「ギッ!?」
その存在は未だ、その複眼で捕捉していないにも関わらず蜘蛛型魔獣も本能で警戒させ立ち止まらせるッッ!!
何か強力な天敵が、巨大な天災が
既に
「ギ、ギャァァァァ!?!?」
のたうち回る魔獣ッッ!! ボルテージの上がる囚人達ッッ!! もはや逃げないどころか観戦すらする余裕がある彼等は、頻りにシュラハトという男に歓声を送る。
「ギャッッ!!」
だが、蜘蛛型魔獣もただ殺られる訳ではない。最後の力を振り絞り、この怪物を、地下深くまで侵入しようとする侵略者と心中すべく前両足足の先端で背中から串刺しにしようとする。
だが、それも無駄な抵抗。そのランスのように太い前足は、並みの剣よりも切れ味の鋭いシュラハトの手刀によって切り離され、砂ぼこりをたてながら地へと落ちる。
「おおぉ!? 『また』、やりやがったぜ!!」
一人が歓喜の声を上げると巻き起こるシュラハトコールッッ!! だが当の本人は陶酔したような眼差しで、魔獣の返り血まみれの右拳を見つめ呟く。
「····地上じゃこうはいかねぇな。まったく魔獣といい、魔鉱瘴気といい、
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