2-35 密会

───パーティーの一週間前、オストラインのとある保養地にて



「ここはオストライン本家の親戚筋にあたる『ラインバッハ家』の保養地だったんですが、『血の水曜日事件』以降家主がいなくなったので私が買い取ったんですよ。狩猟地故に凶暴な魔物がうろついており、一般人は殆ど近寄らないので今回の密談には打ってつけな場所かと·····。しかし、申し訳ございませんこの様なもてなししか準備できずに、お義父上」


そういいながら挽きたてのコーヒーが入った二つのカップを差し出すジーク。いつもの笑顔を振り撒いてはいるが声は動揺でか少し震えていた。


「·····構わんよジーク。無理を言って会談の場所まで用意して貰ったんだ、文句などない。なぁ、ダルラン?」


「全くもってその通りです国王陛下」


フランシア王国現国王にしてジークの義理の父でもあるフィリップス·ロイと、同じくフランシア王国の宰相代行であるダルランは二人並んでソファーに座り出されたコーヒーを啜る。


(······この二人は一体何が目的なんだ?)


ジークにとってその報せは寝耳に水であった。


『重要な話をしたいため人目を避けた会談の場を設けて欲しい。尚、マリーと閣僚関係は連れて来ないよう願いたし』


帝室の世話役である帝室親衛隊経由で届いた義理の父であるフィリップスからの会談要請の報せは、帝国側の関係者を大いに混乱させた。


なにせ国王フィリップスは重病を患っており最近では王宮から一切外出していないことで有名であるが、その本人が病を押してオストラインでの会談を申し込むほどの案件。


無論、病身顧みず訪ねようとする義理の父の願いを無下にすることは出来ないが、この会談は捉えようによっては帝政内の大多数を占める対フランシア強硬派の反発を招き、ジークの立場を危うくする可能性すらあった。


親衛隊上層部がこのリスキーな会談を開催するか拒否するかで激論を交わすなか、ジークは直接会うことを決断したのであった。


だが、今のジーク本人の胸中は穏やかでは無かった。一対一の会談を願いたと言っておきながら、自身は堂々と腹心の宰相をしれっと同席させるふてぶてしさ。そして、フィリップス本人もマリーとの婚姻の場でみせた好々爺は鳴りを潜め、義理の息子でありオストラインの次期皇帝である自分に対してまさに不遜な、まるで臣下を相手にするかのような高圧的な態度を隠そうともしない変貌ぶりに若干の苛立ちすら覚え始めていた。


(·····古狸め、人に気圧とされたのは何時ぶりかな)


しかしそれも数瞬、ジークとて若年ではあるが修羅場を潜ってきた密度は桁外れ。でなければ権謀術数渦巻く帝政において、血筋すら『薄い』この男が国政の主導を握れる筈もなく。


笑顔はそのまま、動揺と苛立ちも落ち着きを取り戻し、名実ともに余裕の態度でフィリップスにばっさりと質問する。


「しかし、お義父上も人が悪い。親子水入らずの会合だと言っておきながら、宰相のダルラン殿も連れて来るとは」


だが、フィリップスはコーヒーを啜り応えようとはせず代わりにダルランが返答する。


「同感ですジーク殿下····。実は私も理由も、場所も聞かされないままに無理やり連れて来られたんですよ。こっちは業務で忙しいというのに····」


ぶつくさと主の前で主の不満を語り始める腹心にジークは苦笑いをする。やがて、フィリップスはコーヒーをテーブルに置くと静かに語り始める。


「お主を連れてきたのは証人になって欲しかったのだ。この密談で結ばれるであろう『約束』のな」


「証人? それならば我らオストラインからも一人立ち会わせるのが──」


「オストラインの人間は信用ならん、故に証人はこのダルランのみで結構!」


「!?」


反論しようとするジークに対して、有無も言わさぬ態度でフィリップスは応える。こうもはっきりと言われてしまえば流石のジークも言葉を失ってしまったが、それを無視してフィリップスは話を進める。


「·····単刀直入に言おうジークよ。此度のフランシアとオストラインとの軋轢····、それを収めるために私はここに来たのだ」


当然も当然。そんなことは分かっていたが、両君主が今さら友好ムードをアピールしても好戦的な民衆が靡く筈がないとジークとダルランは思っていた。だが、フィリップスの提案はこの二人の予想を遥かに越えていたッッ!!


「·····私は王冠を第一王女カルミアではなく、君の妃でもある第二王女マリーに譲ろうと思っているのだ」───

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