2-34 策謀の夜会
「····残念ながら今の外交部は暇を持て余しているよ。私の知っている限りではね」
ゲーラは自嘲気味に笑いながら答える。
「そういう君たち軍部はどうなんだい?」
「全てを把握はしていないが全国の駐屯地には目立った動きなない·····。そう、駐屯地にはね」
「? えらく含みがある言い方だな、親友として私は素直に答えたのに····」
勿体ぶった態度に少しふて腐れた顔になるゲーラであったが、当のレンシュタインは意地悪そうに笑いながら答える。
「····我が軍きっての窓際部署である鉄道部の庁舎がここ最近不夜城と成っているらしくてね。現に人手が足りないのか、補給部や統帥本部からも応援に行ってるらしいんだよ」
その言葉にゲーラは険しい表情になる。
「····『D51作戦』か」
一言呟くゲーラに対してレンシュタインは人差し指を立ててシーと囁く。
「壁に耳あり障子に目ありだ、この場でその作戦名は言わない方がいい。·····その反応を見ると君も初耳のようだな」
ゲーラは腕組みをして考え込む。
「口うるさい私を嫌ったんだろうな····。だが、これではっきりした、ジーク殿下は本気でフランシアと一戦構えるつもりだッ」
ゲーラは過去十数件にも及ぶ侵略戦争を外交面で主導し、フランシア首脳部に対しても見掛け上は戦争をちらつかせるなど超タカ派に属する人物ではあったが、実際は対フランシア戦に関しては極めて消極的であった。
(下級兵士の士気、将校達の教育水準、戦術理論の洗練度·····。いざ開戦したら神器使い達の力に頼った我が軍は、死体の山を築くことになるだろうな····)
理由は単純、神器使いの力を持ってしても自軍がフランシアのナシオン·アルメ相手に楽に勝てないと踏んでいたのである。その先に待っているのは泥仕合による国力の浪費のみであると。
(弱味をみせてしまえば周辺国は一気にフランシアに加勢するだろうな。いや、そだけではなく占領地のレジスタンスも活発に──)
今後起こりうるであろう様々な可能性に頭を悩ますが、一組のペアの会場入りによる歓声で掻き消される。
「噂をすれば主役サマのご登場だ。妃がいるってのに堂々と愛人をこの場に連れて来るかね普通······」
「無理もあるまい。フランシア王家のマリー皇太子妃を公の場に連れて来るわけにもいかんからな」
「だからってあの女を連れてくるか?」
「····ああ、ジーク殿下は何を考えているのか分からんが、私はあの女のことは好かん」
参加者達は我先へとそのペアの周りに群がり始め、誰もが彼等に取り入ろうと躍起になり始める。
「フフフ、大人気ですわねジーク殿下?」
堂々とたる体躯と、その体に不釣り合いなど甘いマスクを持つ男の名はジーク·オストライン。
オストライン帝国『唯一』の皇位継承権の保持者であり、軍を統括する陸軍卿でもあるこの男は事実上国政を牛耳っており、養父である皇帝の権威すら届かないほどの権勢を誇っている。
「違うさ、みんな君の美貌に目を奪われてるんだよ。愛するゼラ」
そして、その権力者の隣にいる絶世の美女はオストラインの新世界貿易を統括する『東ヨークシャー貿易会社』の女大番頭であり、何を隠そう『元』魔王軍四天王の一人でありサキュバス族の女帝、『魔天女』のゼラ、その人である。
「すごいな、参加者の半分以上は二人の所に行ったぞ?」
「····無駄なことを。ジーク殿下は人当たりは良いが凡才どもには興味はない。いくら親しくなろうが、甘い汁なんて呑めんよ」
周りのおべっか使いが精一杯振り向いて貰えるよう熱をあげるなか、当の本人であるジークはゲーラのことに気が付き、目線で合図をすると群衆を掻き分け近寄り始める。
「おいおい、なんか笑顔でこっちに来るぞゲーラ」
「ちょうど良い、こっちも聞きたいことは山ほどあるんだ」
そしてジークとゼラ、その後ろに連なる金魚の糞のような取り巻き達を引き連れレンシュタインとゲーラの前にそびえ立つと、片手に持っているワイングラスを差し出す。
「此度のフロリアとの講和交渉、大義だったぞゲーラ! これで我が国は悲願である魔鉱石の自給自足化がほぼ達成できた」
「勿体なき御言葉でございます殿下。しかし、我ら外交部は戦場での勝利を交渉テーブルに並べただけ。真の功績は、栄えある帝国軍にあるかと」
そう言うとゲーラもワイングラスを前へと掲げ、二人とも一気に飲み干す。そして笑みを崩さないジークは、ぶっにらぼうな表情を続けるゲーラに問いかける。
「フフ、しかしゲーラよ、今日も貴様の雄弁を聴きにきたというのに今日はやけに謙虚だな? 何か悩み事でもあるか?」
「····ええ、なんせ同盟国のフランシアとの関係改善にまったく兆しが見えないもので」
外務卿であるゲーラのこの発言に参加者たちはざわめく。
『····なんと弱気な! いまだフランシア人との関係を維持しようとしているのか』
『ゲーラ外務卿であろかたが臆したのか! 帝国軍は不敗不滅であるというのに』
『外交部の連中はまだ宣戦布告文書を制作してないのか·····』
次々とひそひそ声で聞こえてくるゲーラへの批判。彼らがフランシアに望んでいるのは和平ではなく雪辱を晴らす機会であった。故に誰もがジークの次の発言に注目する。
「なんだ、そんなことか·····。その件だったら心配はない、既に『決着』はついているぞ?」
「ほぅ、それはどういう意味で?」
ジークは両手を大きく広げると猟奇的な笑顔を披露し、いい放った。
「我等は闘わずして勝者になったのだよゲーラ! 3ヶ月後、アルザーヌのみならずフランシアの大地全てがオストラインの物へとなるのだッ!!」──
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