2-31 武術家
───三年前、ココネオ村の外れにある森林にて
「ラウ師匠、一つ聞きたいことがあるのですが?」
「なんじゃいダリルよ?」
日中の修行を終え、二人で夕食をとるなかダリルはラウに一つの疑問をぶつける。
「その······、もしラウ師匠が自分より強くて、絶対に勝つことが出来ない相手と遭遇したとき、どうします?」
「え? なんじゃ藪から棒に·····」
「いや~、昔魔法を教えてくれた師匠に同じ質問されたことがあるんですけど、その答えでその人の性分が分かるって聞いたもので」
「ふ~ん、ま、猛ダッシュで逃げるだろうな!」
「えぇぇぇ、闘わないんですか!?」
意外な答えに驚きの声をあげながら、手に持っていスプーンを落としてしまう。
「そりゃそうじゃろ~、だってワシより確実に強いんじゃろ? 悪いがワシは敗けの美学なんて持ち合わせてなくてな」
「そ、そうですか·····」
望んだ答えではなかったのか、思いの外落ち込む愛弟子を見てラウはこほんと咳払いする。
「····というのが一般人の理想論ではあるが、ワシの若い頃も含めて武術家という人種はそこまで素直には為れんもんなのよ」
「え? それってどういう意味ですか?」
ラウは袖から筆を取り出すと、山積みにしている紙を一枚とり文字を書き始めた。
「『戈を止める』と書いて武と説くんじゃが、これは武術と言うのは弱き者が強き者からの暴力に抵抗し、拒絶し、究極的には制することを目的とする技術体系であることを意味する。故にワシら武術家が戈という名の暴力に対して、止める訳じゃなく逃げ出すんじゃかカッコがつかんわけじゃろ? だからその意味を理解する武術家は絶対に後退しない、絶対に敗北を前提に闘うことなどしない。それが、遥か格上、神様、仏様と言われているような強者相手でもな」
珍しく緊迫した雰囲気を放つ師を前にして、ダリルは生唾を飲むと同時に一つの苦い思い出が駆け巡る。
(武術家は絶対に後退しない、絶対に敗北を前提に闘うことなどしない·····。闘いですらなく、辛いだけの現実に逃げ出してしまった僕には成れるだろうか····、いや、そもそもそんな資格があるのだろうか·····)
まだ真新しい王都での挫折の記憶に苦悶し、意気消沈するが、そんな悩める愛弟子を師はまるで自分の子供か孫に諭すかのように優しく励まし始める。
「失敗や敗北の事実は誰であろうと覆すことは出来ん。だが、それらの『意味』をどう解釈し、次に生かすかは本人次第じゃ」
「······僕も成れますか? 理合を学び本当の武術家に」
「成れるさ、武は平等であり人を選びはしない。それにダリルよ、お主は幸運の持ち主なんじゃぞ」
師は言葉の意味を理解しかねる愛弟子の両掌を掴む。
「さっきも言った通り武とは弱き者が手にする技術、さすれば魔法とて武であることには違いない。魔法と理合、相反する性質を持つ二つの武を持つことが出来る稀有なる存在なのじゃよお主は。·····よいか、才能無いと云えど魔法は捨ててはいかんぞ、過去の自分を否定してはならんぞ、二つの武を持てるからこそ至る極致があるはずだからな」───
───対レバンナ戦に戻る
──申し訳ございません····。この不出来な弟子は、あの時の貴方の言葉を、武の本質を忘れた挙げ句訳のわからない力に溺れ、三年もの時間を無にしてしまいました───
動揺収まらないレバンナに対して、ダリルの右正拳突きが水月へと突き刺さる─
──しかしその力も喪い本物の『戈』に叩きのめされたことでやっと理解し、遅くなりましたがやっと第一歩を踏み込めました、やっと片鱗を視ることが出来ました──
変わらない拳速、変わらない拳の重さ、しかしその拳がレバンナに接触した瞬間本人には、丸く柔らかな肌に覆われている素手が何か得たいの知れない猛毒を秘めた凶器だと錯覚してしまう─
──理想とする『武術家』への姿を、真の『最強』へと至る道をッッッッ!!──
だが、その錯覚は息を忘れるほどの激痛を伴ってレバンナの全身を駆け巡るッッ!!!
「ぐああっつ!?!」
まるで針の筵が内臓を暴れまわる感覚に苦悶の表情と声を我慢することなできるはずもなく、だが否応なしに生まる隙はダリルにとっては絶好の機会であった。
「そんなに効いたかい? なら、こいつはもっと強烈だぜ」
空中に飛び上らせた体を大きく捻らせながらの大技、胴回し回転蹴りがレバンナの頸椎を完全に捉えるッッ!!
息と血を吐き出しながら両手を大地につけるレバンナ。だが、ダリルは攻撃の手を緩めない、決して慢心にどしないッッ!! ダウン寸前のレバンナを一気に地に沈めるべく、猛攻を仕掛けるッッ!!
今、絶対的な暴力を誇る強者は武を操る弱者によって圧倒されようとしていた──
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