2-30 神に選ばれし者たち
近年までオストラインは
『一つの国旗に、三つの宗教、五つの民族と、無数の領邦』
もしくは、
『西方世界における瀕死の重病人』
と表現されるようにまさに世紀末状態であった。中央政権など機能する筈もなく、地方貴族は己の領地の維持、拡大にだけ努め、巨大な帝国各地でさながら戦国の如く有力諸侯が覇権を競い争っていた。
収まらない混乱、終わりなき戦乱───
だがッッ!! この永きに渡る負の歴史は突如終わりを迎えることになるッッ!!
彗星の如く現れた彼ら七人は巨大な神器の力を持って各地方の有力諸侯を鎮定、やがてこの偉大なワンマンアーミー達の登場から僅か半年で数十年にも及ぶ内戦を終結させる。
その戦力まさに一騎当千ッ!! 幾千、幾万の兵が前に立ちはだかっても彼らの進撃を止めることは叶わず、『七神器伝説』に新たなページを多数加えたのである。
やがて、人々は畏怖と尊敬の念を込めての伝説の後継者達をこう呼んだ。
世界で最も祝福されし『神に選ばれし者』達と───
───半壊総督府前にて
(やべぇ、本当に逃げたくなってきた····)
ダリルはどこか高を括っていた。今後、長い闘いの人生の中で『悪鬼』ゾルトラよりも強き生物は現れないであろうと、如何に神器使いが尋常ではない力を誇っているといっても、あの男を前にしては流石に劣るであろうと。
(ちと、考えが甘すぎたかもな)
だが、そんな甘い見立てはあっさりと崩れ落ちるッッ!! 神器を解放したレバンナの戦闘力はどう軽く見積もっても『戻り』状態のゾルトラと比肩ッッ!!
「······でもここで逃げることが出来ないのが武術家の辛いとこだな」
しかし弱音を吐きながらも引こうとしない。再び最破の構えをとり、遥か格上の相手に挑まんとする。
一方、余りにも巨大ゆえに可視化された緑色のマナの奔流を纏う異形と化しレバンナは一歩、また一歩とダリルへと接近する。その姿は有機質でできたような鎧で包まれ愛刀も右腕の前腕と一体化しており、神器という神々しいイメージとは裏腹に悪魔的で邪悪な雰囲気を醸し出していた。
迫り来る人知を越えた怪物。それを前にして、頭に浮かんだ疑問を我慢できずダリルは問答してしまう。
「なあ、教えてくれよ! 自分より強くて、絶対に勝つことが出来ない相手と遭遇したとき、アンタどうする?」
ダリルの唐突な問に少し怪訝な表情を浮かべるも、レバンナは返答する。
「·····知れたことを、私の身と力はすべてオストラインに捧げた。祖国の敵が誰であろうと引きはしない、前進して粉砕するまでだ」
「そいつは大した愛国心だが、つまるところ弱者を助けるためにてことか?」
しかしレバンナは嘲笑うかのように答える。
「まったく見当違いだ·····。この崇高で稀少な力を惰民ごときに使うとでも?」
「ハッ! 天下の神器使いサマであろう御方が随分と民草には冷たいんだな」
「当選だ、オストラインに必要なのは失敗と敗北に慣れた有象無象の『敗者』どもではなく、私たちのような闘い常に勝利し、恐れることなく前へと進む少数の『真の強者』達のみッッ!!」
その言葉に躊躇いや、後ろめたさなど一切なし。レバンナという男を良く理解したダリルは一言呟く。
「···まあ俺も人様のために力を使ってる訳じゃないから強くは言えんが、改めてアンタのことが大嫌いになったよ。これで心置き無くボコボコにできるぜ」
「フン、強気を」
『虐殺勇者』の影を払拭したダリルは、目の前のレバンナにだけ集中する。
(·····あと、三歩前に来たら『瞬撃』で先制を───)
互いの距離は20メートル。共に間合い外であるが距離感無視の膝蹴り『瞬撃』で先手を採ろうと考えるなか、それは突然やって来る。
──天深流·壱の歩技、『土走り』──
「ッッ!?」
一瞬きの間でレバンナは距離をゼロまで詰める。それこそ、互いの息遣いを肌で感じられるほどに。
だが、ダリルの驚異的動体視力はこの瞬間移動じみた動きをも捕捉していたッッ!!
「シッッッ!!!」
無造作なレバンナの左回り足に襲いかかる鋼鉄をへし折る下段蹴りッッ!! 先手を採ったのはダリルッッ!!! しかしッッ!
(何でできてるんだよ、こいつの体は!?)
下段蹴りを放った右足に感じたのは何時もの哀れな被害者の肉と骨が砕ける感触ではなく、反作用ですべての衝撃がダリル本人へと戻ってくるような感覚に襲われる。
例えるなら樹齢万年を越える世界樹か、大地にそびえ立つ山々を蹴り飛ばすような途方もなく、そして動かしようのないイメージがダリルの脳内を駆け巡る。
対するレバンナは余裕の態度を崩さずに語りかけるが、
「どうした? 手加減は──」
「破ッッッッ!!!!」
そんなレバンナを無視してのダリルの後ろ回し蹴りの足刀が鳩尾を貫くッッ!! だが、悶絶必然の一撃を加えてもなお、レバンナは眉一つ動かさない。
「これもダメなのかッ!!」
再び跳ね返ってくる衝撃ッ! ダリルはその苦痛と攻撃がまったく通用しない事実に顔を歪める。
「悪くない打突だ。少々、鋭さが足りないがな」
レバンナがそう呟くと、無造作に右腕を後ろへと振りかぶりテレフォンパンチを顔面へと叩きつけるッッッッ!!!
走馬灯のようにスローモーションの世界でダリルは視た。自身の首から上がピンボールのように吹き飛び、跳ね回るイメージを。
「グハッ···」
そして予想を下回らない、破壊力がダリルへと襲いかかるッッッッ!!!
吹き飛ばされた体は予想に違わず、ピンボールのように地面や木々、瓦礫を削りながら跳ね飛ぶ。
首と意識が飛んでしまう最悪の事態は回避されたが盛大に揺らされた脳は、ダリルの視界をぐにゃぐにゃにさせていた。
「·····ここまで力の差があるとはね。所詮、『神が宿りし者』とやらの力がなければこんなものか」
ダリルは天を仰ぎながら言葉を吐き出す。しかし男の中に駆け巡るは圧倒的戦力差を前にしての絶望ではなく、偉大なる『神が宿りし者』の力を喪失した後悔でも非ずッ!!
「貴様·····、何をしたッッッッ!!」
圧倒しているのにも関わらず、焦燥を滲ませながら叫ぶレバンナ。それもそのはず、ダリルの顔面を強打したレバンナの右腕の手首が正体不明の反撃によって180度回転し、損傷していたッッッッ!!
「·····思いついたのは三年前、試したの今の一撃が初めてだったが案外上手くいったな」
そういいながらダリルは体の反動だけで立ち上がる。すでに脳震盪による視界のブレは収まり、目立った外傷も鼻血だけであるという状況にレバンナは動揺を隠せなかった。
「バカな····ッ!? 何故ッッ!!」
ダリルはその問に対して真っ直ぐレバンナを見つめる。
「アンタが大嫌いな敗北と失敗の中で見つけた武術家の意地ってところかな·····。さぁ、続きをやろうか自称『真の強者』さんよ」───
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