2-24 散弾

ダリルは低く、より低く地を這うように構えると床を抉りとるほど力強く蹴り、駆け出すッッッッ!!!


(やはり疾いッッ!! だがッ!!)


ケンタウロスに比肩するダリルの瞬発力にトロータは驚嘆するも、想定の範疇ッ!


体をリズムを刻むように揺らしながら、ダリルが自分の必殺の間合いへと入るのを今か、今かと待ち構えるッッ!!


そして互いの距離が2mを切ろうとした時、トロータは激烈なカウンターを加えるべく前へと踏み込むッッ!!!


「『ロックウォール』ッッ!!」


が、しかしッッ!! 突如ダリルが土魔法を叫びながら両手を地面に着けると。


(なっ、壁ッ!?!?)


二人の間に突如石壁の隔てが現れ、互いの姿を覆い隠すッッ!!


ダリルの採った奇怪な行動に鳩が豆鉄砲を食らったような表情を浮かべるトロータ。なんせ『ロックウォール』は冒険者がパーティーを保護するためから、野戦軍の防御陣地構築まで幅広く利用されるシンプルにしてディープな防御魔法ッ! 


だが無論ダリルは防御に徹するために使用したのでは非ず、むしろ逆ッッ!! トロータが困惑する向こう側でダリルは普段の戦闘では隙が大き過ぎて決して使わない、弓なりのテレフォンパンチの構えしながら充分に溜めると、強烈な右ストレートを放つッッ!! 


射程圏外のトロータにではなく、自分が今発生させたばかりの重厚な石壁に向けてッッ!!!


───この時の様子を唯一の観戦者である男性はしたり顔で語り始める。


『あれは私が軍人時代に遭遇した光景に似通ってましたね······。ダリル氏の拳が石壁に接触した瞬間、攻城砲が城壁を破壊した時の音と全く同じだったんですよ。え、そんなのあり得ない? イヤイヤ、何を言っているんですか貴方はw 考えて見てくださいよ、我がオストライン軍が使用する24ポンドカノン砲の口径は150mmで、初速の速さは秒速400m前後。一方の成人男性の拳の大きさは約170mmで、意外と砲弾の大きさと同じぐらい何ですよ。そしてパンチを放った時に出ていた炸裂音、あれが音速の壁を破って出ていた音なら秒速340m以上であることは、確実·····。わかって貰えましたか? ダリル氏とトロータ氏、二人の拳が比喩とかではなく本当に大砲並みの威力があって、二人が殴り合いをしていること即ち、超近距離で砲撃し合っているのと同意義なんですよッ!! おっと、話がそれてしまいましたねw 貴方、砲弾が城壁に直撃した瞬間どうなると思います? 私は幸か不幸か経験したことがあるんですけど、あの重厚な煉瓦造りの壁が私達を守る盾じゃなくて、命を奪う凶器の散弾に替わるんですよ。その時壁の前には十数人程度いたんですが、奇跡的に助かった私を除いて全員即死でしたよ、まともな形を残さないぐらいにね·····。わかりますか? ダリル氏はそれを一人で再現してしまったんですよ····。『魔法』で創造した城壁替わりの石壁を、『理合』で強化された大砲の如き破壊力を持つ拳を全力でぶつけることによってッッ!!!!』


───『鬼拳』vs『ファントム』戦に戻る


鼻に掠めそうなど接近した銃弾すら避けることを可能とするトロータの並外れた動体視力。その両目は見逃さ無かった──


二人を別つ石壁から突如亀裂が走り一筋の光が漏れたと思うと、石壁は破裂し無数の瓦礫が散弾に成ってトロータへと襲い懸かるッッ!!!


「なにぃぃッッ!?!?」


トロータは絶叫し、あまりにも奇天烈な展開に思考停止という致命的なミスを犯してしまう。しかし、思考は止まっても本能は止まらずッッ!!


歴戦で磨かれたトロータの防御本能は、高速で迫り来る驚異を次々とジャブで粉砕ッッ!! 何れもトロータ本体に致命傷を負わせることは無かった。しかしッッ!!


(!? これもフェイクかッ!!)


瓦礫を目隠しに正拳中段突きの構えを採りながら突進するダリルという超一級の驚異に間合いへの侵入を許してしまうッッ!!


(ッッ痛ッ!? こんな時に····ッ!)


トロータは急ぎ後ろへと回避しようとするが、『膝の古傷』の痛みを走り体をぐらつかせる。


後退を諦めたトロータは覚悟を決め、選択するッッ!! リスク承知で神速の左ストレートを突進するダリルにカウンターで叩きけるという選択をッッ!!


(いや、いけるッ! 拳速なら此方の方が勝っているッッ!!!)


そして、両者の拳は交差する──


──トンッ











ことはなく。トロータの拳は空を切り、彼の視界からダリルは忽然と消える。


(ばか──ッ!?!)


腰回りに感じる万力で掴まれたような感覚が走った瞬間、目視しなくてもトロータは理解し、戦慄する。


そう! ダリルは今、トロータの胴を両腕でクラッチしていたッッ!!!


打撃戦に持ち込むと見せ掛けての流れるような組技への移行。かつてゾルトラに仕掛けられたダリル本人だからこそ見に染みて理解していた。


この技を、混乱した心理状態で仕掛けられたら防ぐことは不可能ッッ!! コンマ数秒の攻防で度重なるフェイクに翻弄されたトロータに為す術など無かった。


そして、決着の時が訪れる──


トロータは必死に打開策を練ろうと、頭を回転させたがダリルの馬鹿力で抱きつかれた段階で抵抗は無意味であり、やがて無慈悲にもダリルが体を反わせるとトロータの両足は地から浮いてしまう。


次々と変わり行くトロータの視界ッ! 最初は平行に、次は斜めに、その次は真上の天井と景色が変わる毎に密着した二人の体は加速度的にスピードが上がり、見える世界が真逆に変わった瞬間──


「ガハッッ!?!?」  


トロータの脳天は床へと叩きつけられたッッッッ!!!!


ダリルという100kg超えの巨体から放たれるフロントスープレックスッッ!! 本来なら小柄のトロータが耐えられるはずもなかったが、床との接触直前に両腕を挟み込むことで衝撃を吸収ッ!! ブラックアウトという展開だけは回避していた。  


だが、ダリルが追撃を躊躇う筈もなくッ!! 即座に仰向け状態のトロータに股がってマウントポジションを確保するとダリルは渾身の右拳を振り下ろすッ!! 


直角に、真っ直ぐに、トロータへの顔面へ向けて───

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