2-18 邪険

───ハイデンベルグ総督府にて


「なるほどねぇ···。飯はともかく、女は兵隊さん達が楽しんでいるから俺の分はないと」


「も、申し訳ございません。部下達の不手際で····」


総督府の主であるデニッツは目の前の椅子にふんぞりがえる金髪丸刈りの青年にひたすらと怯える。この青年の名はトロータ、先着したレバノン同様神器使いの一人である。


レバンナに遅れて総督府に着いたトロータは早速自身の歓迎会に出席したが、礼を尽くされてないと感じ、二回りも年上のデニッツ相手に不愉快な態度を隠しもしない。


「しかしおかしな話だなぁ、俺達がここに派遣されるのは3日前に連絡が入っているはず。そんなに時間があったのに英雄サマを相手してくれる女を一人も見つけれなかったと·····!」


実際のところは神器使いが派遣されるという報告を受ける以前から、ハイデンベルグには国境危機を受けて軍隊が進駐しており、町の娼婦は悉く駆り出されていた。


だが、この横着な青年にそんな言い訳が通用しないことはデニッツも分かっており、ひたすら謝罪し続ける。

 

「さ、30分! もう30分お待ちください!! 今、こちらに女が向かっているとのことでして!!」


「本当かデニッツさんよぉ·····。もし、嘘ならただじゃあすまないがいいよなぁ?」


「は、はぃぃぃぃ!!!」


トロータが猛虎のような表情で睨み付けると、死を直感したデニッツの全身から油汗が滝のよう溢れだす。


(くそぉシュナイダーめ何をしておるのだ!! このままでは本当に我々はこのクソガキに殺されてしまうぞ!! 頼むからさっそと女を連れてこい!!!)


───同時刻、


(なっ!? 回っ!? なぜッ!?!?)


目の前で高速回転し続ける自称商売人にシュナイダーの脳内は混乱するが、コンマ数秒後に自身の頬に感じる突風と内臓をぐちゃぐちゃにシェイクされる感覚を認識することで真実を理解するッッ!!!


(ち、違うッ!! 回っているのはアイツじゃないッッ!! 俺だッッッッ!!!!!!)


そう、風車のように回っているのはシュナイダーッッ!! ダリルが右足の脛を強烈に蹴り飛ばしたことでシュナイダーは回転地獄に陥られたのであるッッ!!

 

(まずいッ! 体勢を何とかッッ!!!)


シュナイダーは予想される『最悪』の事態を回避すべく体勢を建て直そうとするが、如何せ空中なのと慣性が働き思うようにはいかない。


そして無慈悲にも回転スピードは維持したまま、シュナイダーの体は重力で下に引っ張られやがて──


「ッッガバッッッ!!!」

 

横殴りの形でシュナイダーの側頭部は木の床へと激突するッッ 


全体重×加速度=衝撃力ッッ!! 充分過ぎる衝撃はシュナイダーの鍛えられた頚部をもってしても耐えきれず、激しく脳を揺らされた結果、彼の目は一時的に光を失うことになる。 


この間僅か数秒ッッ!! 傍観者達から見たら、意味不明な光景に誰もが唖然とする。


「大丈夫ですかいシュナイダーさんとやら? あ~あ、こりゃあいけない。強く頭を打って気絶してらぁ、早く医者のところに連れてやって下さいよ」


白々い演技を続けるダリルの問い掛けにハッとした、シュナイダーの取り巻きの一人が驚きの声を上げながら腰の剣を抜こうとするが、


「き、貴様! こんなことをしてタダで──」


「アンタも覚悟が出来たのかい?」


「うぐぅ····!」


ダリルの放つ形容しがたい凄味に気圧されてしまう。


「アンタらがエールまみれの俺を嘲笑おうが、この町で嫌がらせしようが別に構いやしないよ、生憎弱いもの虐めは好きじゃないからな。だが、俺に牙を向けようものなら女子供であろうと全力で叩き潰す、わかったな?」


これ以上彼らが口答えすることなど不可能であった。ダリルとの隔絶しがたい戦力差を悟った彼らは、気絶し口から涎を垂らすシュナイダーを二人がかりで抱えると無言で酒場を後にした。


驚異が去り平穏を取り戻した酒場、その立役者であるダリルに待っていたのは手放しの称賛──


「····アンタ悪いが出て行ってくれないか? それに宿もうちのところじゃなくて他を当たってくれ」


ではなく、まさに邪険扱い。店主は険しい表情を浮かべながらダリル達を厄介者扱いで追い払おとする。


「····わかったよ、会計頼む」


ダリルは店主の冷たい対応に不快感を隠しきれなかったが、フランシアの命運を握る手紙を無事に帝都まで届けるという使命のためにも不必要な騒ぎは起こしたくなかったし、何よりもこの町に横たわる『面倒な事情』をダリルは察し、関わるのを避けたいとの思惑もあった。


「あいよ、床の修理代はまけてやるよ」


「そいつは大したサービス精神だな····· ん? んぅぅうん? んヴヴヴんんん!?!?!」


「お、おいどうしたんだよ·····」


屈強な男達を前にしても余裕の態度を崩さなかったダリルの顔が徐々に焦りの色を帯始める。ダリルはベロニカの全身を目にも止まらぬ猛スピードでまさぐり尽くすが、お目当ての物は見当たらず焦燥感だけを募らせる。


「無い!? こいつが持ってる金の入ったポーチがないッッ!?!?」


「なっ!! アンタ人様の店に迷惑をかけただけじゃなくて、無銭飲食まで決め込むとは良い度胸だな!!!」


「まてまて!! そんなセコい真似なんかするか! さっきアンタとこのウェイトレスにも金を見せ───」


瞬間ッ! 少し前の店主とシュナイダーの会話を思いだし、一つの可能性にたどり着く!!


『当店で一番若い女性の従業員は50を越えておりまして──』


そして合点が着いたダリルはプルプルと体を震わせ、叫ぶッ!!!


「あ、あ、あのピンク頭ウェイトレス盗りやがったなぁぁぁぁッッッ!!!!」───

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