2-17 不穏な空気

『新世界航路』


それは、西方世界と命知らずの冒険者達によって発見された超大陸である新世界と結ぶ海路。


『新世界で溢れんばかりに掘り起こされる貴金属や魔鉱石を西方世界に持ち帰れば一攫千金間違いなしッ!』


そんな謳い文句に釣られ、人生のルーザー達は一発逆転を夢み、こぞって新世界を目指したが大洋を挟んだこの海路は危険を極め、その多くが海の藻屑と化した。


西方世界西端のエベリア半島を支配しているという地政学的理由で新世界との貿易を独占し、繁栄したカスタロ王国内でも安全かつ、定期的な貿易船の往来が可能な航路開拓を求める声が上がっていたが、時の王政は余計な金が懸かるのと航路開拓は新規参入を容易にし既得権利を損ねるとして、これを拒否。そして、魔王軍のエベリア侵攻によってカスタロ王国滅亡と共に安全な海路開拓の道も閉ざされたかのように思えた。


しかし、誰もの予想に反しこの海路開拓はエベリアの覇者である魔王フレイアの手によって推進されることになる。


フレイアは新世界貿易に精通している人間の船乗りと商人を重用し、新世界と西方世界を隔てている大洋に存在するであろう島々を探索させたのである。


そして数年の月日を掛けて発見した五つの島々を中継点として港と町を整備し、今までと比べ格段安全な海路である『新世界航路』の開拓に成功したのであった───




───酒場の噂話に戻る


「──と言い訳で、オストラインと魔王軍は裏で繋がってるのよ!」


興奮気味な鼻息で噂話を力説披露するウェトレスに対して、ダリルは若干白けた表情で答える。


「なによその表情·····」


「う~ん、そりゃあまあ辻褄は合っているかもしれんが話が飛躍しすぎじゃないか? それにその新世界航路を開拓したのは海洋王国アルビオンだと聞いたが?」


ダリルはこの話に半信半疑であった。そもそもダリルを含め大多数の人間の魔王軍の印象といえば昔から破壊と略奪のイメージであり、農·鉱産業と貿易を通じて財を成すというスマートな印象など想像すら出来ないのである。


だが、そんなダリルの疑いの念を察したウェトレスはまくし立てるようにヒートアップする。


「それも真っ赤な嘘よ! アルビオンだって、魔王軍に通行料を払って新世界航路を間借りしているだけなのよ!」


「おいおい、その噂話じゃあアルビオンまで魔王軍とお友達なのかよ·····」


半分ジョーク口調が気にさわったのかウェトレスの顔は赤みを帯始め、口許が不愉快そうなムッとした形になる。


「······いいわ。じゃあ、信じて貰えるようとってお気の話をしてあげるから覚悟しなさい! そのレイドハーブを巡った貿易の首謀者とオストラインが支払っている対価なんだけど───」


「失礼する!!! 店主はいるかッッ!!!」


もはや噂話を楽しむ雰囲気がなくなったウェトレスが言葉を放とうとした瞬間、それをかき消すように男の大声が酒場に響き渡る。


声の主である大柄の男を先頭に後ろから6人の男達が続々と店内に入ってくる。腰に剣をぶら下げているが来ている制服は町で見かけたオストライン正規軍の物とは違い、どこか高級感が漂っていた。


どんちゃん騒ぎだった店内も男達が入ってくると途端に静まり返り、下を向いて誰も目を合わせようとしなかった。


「あいつらはこの町じゃ有名なのか? あん?」


ダリルはさっきまで横にいたウェトレスに声をかけるも、いつの間にか影も形もなくなっていた。やがて、酒場の奥から店主が血相を抱えて大柄の男の前へと飛び出す。


「これは、これはシュナイダー様。今日はどのような御用件で·····」


「デニッツ総督からの特命である! 今宵、総督府にて賓客を招いての御食事会があるが『接待役』として若い女性を徴用したい! 良いな店主よ!!」


「も、もちろんオストライン臣民として協力したいとこのですが、当店で一番若い女性の従業員は50を越えておりましてとてもお力にはなれないかと······」


「なんだと!? チッ、使えん奴等だな!!」


大柄の男ことシュナイダーは露骨に不機嫌な態度をとると、客の中に若い女がいないか見渡す。対する客達は娘や恋人がこの男に目が止まらぬよう息を潜める、一組の男女を除いてわ。


「おいお前、見ない顔だな」


「あ?、私ですかい?」


客の中で唯一、威圧的な態度を醸し出す自分達を目を背けず眺めていた男女。そうベロニカとダリルに大柄の男は話し掛ける。


「そうだお前達だ。貴様らこの町の住人ではないだろ?」


「まぁ、そうですね。戦争が始まりそうなので帝都ベルンに避難しようかと思っていまして」


「そうか、そうか。では、その泥酔している女はお前とどういう関係なのだ?」


「あぁ、こいつは私のパシ·····、『愛人』みたいなもんです」


「そうどぇ~す! 私は『バーゼ』さんの愛人役どぅえ~す」


完全に悪酔いしたベロニカはこの緊迫した状況下で渾身の変顔を尊大の態度をとる男達に披露するが、不発に終わる。


「····まぁ、年も若そうだし、何より顔がよい。先程の話を聞いていたとは思うが、この女を一晩徴用させてもらうぞ。よいな!!」


頼み込む内容ではあるが、シュナイダーは高圧的で尊大な態度は一切崩さず、拒否することを許さないようにも見えた。


「そんなこと突然言われても、無理なものは無理ですよ旦那! こう見えても私は商売人だ、せめて謝礼の一つでも示して貰わないと首を縦にふることは出来ませんぜ」


ダリルは不穏な空気を察し、無意味に事を荒立てないよう商人である『バーゼ』を演じ始める。だかッッ!!


「ふむ、謝礼か·····。では貴様がこの町にいる間の安全を保証してやろう」


「安全ですか? この町には兵隊さんも沢山いて治安が悪そうには見えませんが?」


「いや、そういうことじゃない·····」


シュナイダーはおもむろにダリルの側まで近寄ると、ベロニカが飲み掛けのポーションエールの入ったジョッキを掴み上げ、


「無事にこの町から出たいなら俺たちを怒らせるなと言っているんだ·····ッ!!」


座っているダリルの頭に垂れ流すッ!!! 他の客はその光景に震え上がり、シュナイダーの取り巻き達はダリルのエールまみれの無様な様を嘲笑う。


「わかったなら、さっさとこの女を貸せッ! 陽が上ったら返してやる。もっとも一晩もったらの話だがな·····」


もはや選択の余地なしッ! 他の客から見てもYesというしかない状況であるが、当のダリルは即答せず突如乾いた笑い声を店内に鳴り響かせ始めた。


「とうした? 気でも違えたか?」


「ククク、いやいや申し訳ない。黙って話を聞いていれば天下の総督様の使いでありながら言うこと成すことまるで薄汚い山賊どもの脅し文句と同じでしてね。オオカミ狩りだと思ったらオオカミ本人だなんて、滑稽な話でしょ」


瞬間、目にも止まらぬ速さでシュナイダーは抜刀しダリルの首元に剣先を向けるッ!! もはやリンチ待ったなしッ!! 他の客達は巻き添えを食らわないよう慌ててテーブルや椅子に隠れる。


「流石商売人だけあって、口だけは達者だな····ッ! 本来なら即首をはねる所だがその度胸に免じて土下座すれば許してやろう。さぁ、跪け·····ッ!!」


比較的静かな口調でありながらシュナイダーの無骨な顔面には無数の青筋が走り、キレているのは誰の目にも明らかだった。だが、ダリルがこんな脅しに屈する筈もなく。


「·····抜いたな」


「あぁ!? なんと言った!?」


「剣を抜いたなら、殺し殺される覚悟は出来たんだなと言ったんだよ·····ッ!」


突如エールまみれの男から放たれる超ド級の殺気ッッ!!! 考える前に本能で命の危険を察知したシュナイダーはダリルの首を撥ね飛ばすべく、剣に力を加えるがッッ!!!


「ッッ痛ッッッッ!?!?!」


シュナイダーの右脛に形容しがたい激痛が走ったると同時に彼の目の前にいたダリルが眼にも止まらぬ速さで風車のように回転し始めたッッッッ!!!!───



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