2-15 国境の町

「しかし、3年前と変わらず騒がしい町だなここは」


「そりゃあ、明日にでもオストラインとドンパチ始まってもおかしくない状況ですからなねぇ」


3年前、この町は強行軍で王都に進撃する魔王軍の脅威から逃れようと隣国オストラインに亡命する者でごったがえしていた。


しかし今やその逆ッ! 再びオストラインとの戦争の兆しが見えるや否や、真っ先に最前線となるであろうアルザーヌの地に住む人々は家財を纏め逃げだし、それと入れ替わるように東部軍団の各部隊が続々と入城し不測の事態に備え防衛体制を整えつつあった。


「しかし、こんな状況で国境検問開いてんのかよ」


「一応両国ともども断絶宣言はしてないんで、まだ開放しているはずですよ、商業ギルドも往き来してるみたいですしね」


「なるほどねぇ現場の雰囲気は最悪だが、上の連中は戦争を踏み止まっているというところか。もっともこの紙切れがなけりゃ簡単には通れそうにもなかったがな」


ダリルはポケットから紙切れこと、王都を出発する直前に国王の使者より渡された通行手形を取り出すと上下にふって風にたなびかせる。


「そう言えばその手形には私達の身元てどう書かれてんですか? 流石に偽名になっていますよね·····」


「いんやお前はベロニカのままだぞ、俺は『バーゼ』というオストライン人、帝都に残した妻子持ちという設定だがな。因みに俺たち二人の関係だが、行商としてフランシアに商売に来ていた俺がフランシア人の現地妻であるお前を連れて戦火を避けるために帝都ベルンに避難するという設定だ!」


「ええぇ·····、『バーゼ』さん避難してるけど避難してないじゃないですか、絶対帝都に着いたらド修羅場待ったなしの状況じゃないですかぁ·····。何ですかこのふざけた設定? 隠密の任務なのに悪目立ちしちゃうじゃないですかぁ····」


「·····いやぁ、案外逆かも知れんぞ? まさかこんなふざけた連中が極秘の任を授かっているなんて思いもしないだろうしな」


「そんなもんですかねぇ·····」


頭をかきむしりなが納得しない表情を浮かべるベロニカを余所にダリルは、はやる気持ちを抑えながら検問へと向かう。


(今の体力の戻り具合も3年前の8割程度····· 。十分だ、今の俺でも簡単には遅れを取らないはず·····ッ! 七人の神器使いだろうがなんだろうがあくまでも『通関点』、そいつらを片付けたら次はお前の番だからな·····ッ!!)


好戦的な笑みを浮かべながらまだ見ぬ七人の『神に選ばれし者』達と、宿敵『悪鬼』ゾルトラとのリベンジマッチに想い馳せるダリル。


そして闘いの女神はこの力に忠実な殉教者へ祝福を与える──


そうッ! 『神に選ばれし者』との激突はすぐそこまで迫っていたのであるッッッ!!!!




───ほぼ同時刻ハイデンベルグ、総督府にて


国境検問所を挟んでフランシアのアルザーヌの反対側に存在するオストラインの国境の町、ここハイデンベルグも不測の事態に備え軍隊が集結しつつあり、悲願の旧領アルザーヌ奪還聖戦を前にして奇妙な緊迫感と興奮に町全体が覆われていた。


そんな中、町の中心にそびえ立つ総督府の中では神経質な男の怒声が鳴り響いていた──


「どんなっているんだ!??! もうすぐ出迎えなんだぞ、さっさと極上の料理と女どもを用意しろッッ!?!?」


総督府で働く秘書官と自身が雇っているメイドたちに怒鳴り散らすデップりとした体型の男、この男の名は『デニッツ』総督、ここハイデンベルグの行政長であり、この総督府の主でもある。


「し、しかしデニッツ総督。現在、この町に駐留している軍隊の徴用でこれ以上の食事の材料を揃えることは···· それに娼婦にしても軍人相手に全員駆り出されておりまして」


「無いから出来ないのか、違うだろ!?!! 材料が売ってないならお前らの家からでも持ってこい!! 娼婦がいないならそこら辺の顔のよい町娘でも拐ってこい!! お前らには高い給料を払っているんだから相応の働きをしろ!!! もし、あの『お方達』の気分を損ねてみろ、私だけじゃなくてお前らのクビだって飛ぶんだぞ!?! わかったな!!?!?」


「「「は、はっ!!」」」


激しい剣幕に恐れをなし蜘蛛の子を散らすように使用人達が部屋から出ていくと、独り残ったデニッツは愚痴を吐く。


「ふん、グズどもめ。しかし、ジーク皇太子もジーク皇太子だ·····。この微妙な時期に『疫病神』二人をこの町を派遣してくるなんて、まさか本当にフランシアと一戦構えるつもりなのか?」


「『疫病神』二人とは、私ら神器使いのことか?」


「そう決まっているだろ!! 奴ら化物どもが行く先ざきでは······。えっ?」


背後から響く見知らの男の声、デニッツが後ろを振り向くとそこには女性と見間違うほど艶かしい長髪持ち合わせている端正な顔立ちの美男子が氷のような眼差しで見つめていた。


「あ、あ、あ、あ······」


まるで地獄の釜の底を覗いたように恐怖と驚きで顔を歪めるデニッツは、カタカタと震わせながらその美男子の名を叫ぶ。


「れ、レバンナ様!! 何時からここにお着きで!?! いや、さっきの話もただの言葉の綾でして·····」


「気にしないさ、『神器在るところに争い絶えず』の諺の通りデニッツ殿の見解はなに一つ間違っていない。現に私ら神器使い達は、今日まで数千単位の反乱貴族どもを粛清してきたからな」


無表情で淡々と話すレバンナ、男は決して殺気や威圧感を放っているつもりはなかったが五体から醸し出される圧倒的強者のオーラは、さっきまで威張り散らしていたデニッツを完全に萎縮させ、卑屈にさせた。


「は、ははは。しかし、故にオストライン統一運動の第一功労者であらせられる『神に選ばれし者』の皆様は全国民から羨望され、敬愛されるのでありますッッ!! ただいま今晩の晩餐に向け豪勢な食事と極上の美女は御用意させておりますので、ささっ、御部屋へ参りましょうぞ!」


「気遣い感謝するデニッツ殿。しかし部屋で休ませては貰うが豪勢な食事も極上の美女も私には不要、後から来るもう一人にやっといてくれ」


「は、はぁわかりました·····。ちなみにおひとつ聞きしたいことがあるのですが宜しいでしょうか?」


ヘコヘコと媚ながらデニッツはうかがいたてる。 


「答えられる範疇なら」


「でしたら~、今回神器使い様が二人もこの国境の町に来た理由を教えて頂けないでしょうか~。やはり、フランシアと一戦交えるため──」


瞬間ッッ! デニッツの全身に無数の剣を突き立てられたような激痛と衝撃が襲うッッ!!


「ぎ、ぎゃぁぁぁ!?! て、あれ?!」


情けない声を出しながら床に崩れ落ち、したばたと暴れながら両手で全身をまさぐるデニッツ。この時彼は気がつく、自分の体には剣など刺さっておらず、出血すらしていない事実にッッ!!


「『無知は至福である』、デニッツ殿は私たちがこの町に滞在する間世話をしてくれるだけで結構。余計なことを知ろうとすると面倒ごとに巻き込まれるだけですよ?」


笑顔を浮かべるレバンナ、しかしそれは口許だけであることなデニッツも察し、背中に滝のような冷や汗が流れ始める。まさに蛇に睨まれたカエル、故にデニッツの返事の選択肢はひとつしか残されていなかった。

 

「は、はあぃぃ·····。分かりましたレバンナ様·····」───

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