2-11 ゲーラの憂鬱

『アルザーヌにてカルミア殿下狙撃されるッッ!! 政府は安否については黙秘貫くッッ!!』


『昨日、国境付近にてオストライン国防軍と軍事衝突ッッ!! オストライン帝国側の発砲が切っ掛けとされるが、帝国政府はこれを否定ッッ!!』


センセーショナルな見出しとともにばらまかれた新聞記事はフランシア国民を動揺させ、困惑させ、そして──


『やはりオストラインの馬鈴薯野郎どもは信用ならんッ!! あんなやつらと同盟なんてするべきじゃなかったんだ!!』


『チグタム元帥は良くやった! 報復攻撃してなければ奴等はアルザーヌを奪いとりに来ていたぞ!!』


『きっと襲撃事件もカルミア様を殺すためにオストラインが仕組んだ陰謀よ······ッ!』


近年の友好ムードで解消されつつあった、仇敵オストライン帝国に対しての敵対心を呼び起こした。



───フランシア王宮、会議室にて


『──以上が我が軍での調査結果であり、貴国の駐屯地に発砲した兵士は認められませんでした』


円卓の中央に置かれた特級通信水晶の上に写し出されるはソファーに深々と座り込み足を組むゲーラ外務卿。その眼光は猛禽類のように鋭く視るもの全てを萎縮させ、いつもの過剰な演技じみた喋りは鳴りを潜め、その声は氷河のように冷たく聴くもの全てを震えあがらせた。


「····御自身も負傷された中での、停戦仲介と情報提供の方ありがとうございます。国王陛下とフランシア全国民に変わり感謝致します」


ゲーラの映像に向かって深々とお辞儀するダルラン。まさに間一髪、フランシア先方部隊が越境寸前のところで報告を受けたダルランがチグタム元帥の東部軍団長の指揮権を剥奪し、代理軍団長となったガナードが進軍停止を下令。


オストライン側も砲撃の反撃として出撃準備を進めていたが事情を察知したゲーラ外務卿が前線指揮官を説得し報復攻撃を阻止。その後、両軍の現地停戦交渉を仲介し、同盟国同士による地上戦の展開という前代未聞の事態だけは回避されていた。


『頭をおあげ下さいダルラン内務大臣。同盟国の大臣として友軍相撃など見過ごせる筈もありませんからな······ だがしかしッッ!!』


映像の向こう側のゲーラは語気を強め、激しい怒りに肩を震わす。


『ッッ!! 今回の砲撃によって何の罪無きオストラインの将兵57名が死傷し、民間施設にも多数の被害が出たことが報告されています·····ッ! 私は今後の対応を協議するため帝都ベルンへと戻りますが、努々賠償金だけで済むとは思わないように····ッッ!!』


「承知しておりますゲーラ外務卿····· こちらとしても出来うる限りの補償はさせて頂く所存です」


「大変結構!! それでは皆様、御機嫌よう」──



───通信会談終了後、アルザーヌ、ゲーラ外務卿宿泊施設


「······ふ~~~っ、なかなか迫真の演技だったんじゃない! ジーク殿下に責任問われたら芸人にでも転職しようかなあ~」


通信が切れたのを確認するとゲーラはスーツの上着を脱ぎ捨てソファーで横になりながら寛ぎ始める。


「いや~、しかしナイスショットだったな! ナイスショット過ぎて私の腕にも弾が飛んできたが、お陰でフランシアの連中は疑ってすらいなかったよ。流石はグレンツェンと言ったところか」


ゲーラはソファーで仰向けになりながら、秘書官を装うラーベに問い掛ける。


「しかし、よかったので? 狙おうと思えば、急所を撃ち抜きカルミアめを即死させることも可能でしたが···」


「ノンノンノン! 分かってないなラーベは、それじゃあ『狙い』過ぎだろ~ そんなコトになったら陰謀論好きの民衆が騒ぎ立てて炎上するだけさ~ ま、誰かさんが我々の計画に無断で相乗りしたせいで両国民の敵愾心は過去最高に炎上してるがね·····」


ゲーラ軽く舌打ちしながら、左手で顔を覆う。彼『達』の計画だと狙いはあくまでも、とある『理由』で邪魔だったカルミアのみで、あの襲撃犯もグレンツェンの構成員の一人であった。だがッッ!!


「で、どうだった調査結果の方は?」


「はっ! 国境付近に展開していた我が軍の将兵ほぼ全てを調査したのですが全員シロであります。やはりフランシアのアルザーヌ駐屯地に向けて発砲したのは外部の者かと····」


「特定は出来たのか?」


「その時間帯、日頃は見かけない複数の猟師が国境近くの森林地帯に入って行くのを見かけたとの情報があり、目下調査中であります·····」


「貴様ら相手でも尻尾が掴めぬか····· どうやら、そこら辺の愛国心かざす国粋主義者や英雄気取りのテロリストどもではないな····」


カルミア狙撃直後に起きた、フランシア軍アルザーヌ駐屯地への発砲── それに関してはゲーラ達は一切存ぜずッッ! 正体不明の第三勢力によって実行されていたのであるッッ!!


(何処のどいつかは分からんが、目的は両国の『軍事衝突』と言ったところか····· ダメだ! 心当たりが多すぎて分からんッッ!!)


ゲーラは頭の中で各国の利害関係を整理するが、余りにも実行犯候補が多すぎ頭をかきむしる。


フランシアとオストラインの同盟····· 対魔王軍のために結ばれた神聖同盟は、周辺国にしてみれば無条件に祝福されたものではなかった。


単体でもトップクラスの人口、経済力、軍事力を誇る両国。その二つが手を結ぶこと即ち、西方世界において最大の勢力圏の誕生を意味し、中小国から見ればこの野心溢れる列強たちに内政干渉されるのは火を観るよりも明らかであり、同盟のご破算を願う勢力は数えきれないほどいたのである。


「·····申し訳ございませんゲーラ様。必ずや実行犯の証拠の方、見つけますのでもう少々のお待ちを」


「いや敵さんもプロみたいだ、どうせ足がつくようなものなんて残ってないから切り上げろ。それよりも東部軍団長のチグタム元帥について調査してくれ、独断で同盟国に報復攻撃するなんざ、相当イカれているか、何かしら思惑があるかのどっちかだ。やもすると、実行犯達との繋がりがあるかも知れん」


「ではフランシア政府の自作自演の可能性もあると?」


「無きにしも非ず、もっとも連中が好き好んで西部の魔王軍と東部の我らオストラインとの二正面作戦を望むマゾヒストには見えんがな」


自嘲気味に笑みを浮かべるゲーラ。だが、その心中は穏やかではなかった。


自分達が計画したカルミアを襲う一発目の銃声、まるで事前にこの凶行を知っていたかの如く間髪入れずに鳴り響いたアルザーヌ駐屯地を襲った第三者による二発目の銃声····· 偶然にしては余りにも出来が良すぎる二発目、それが意味することはただ一つ──


(どうやらオストラインにも獅子身中の虫がいるということか···· 我らとフランシアの殲滅戦を望む戦争狂がな·····)───


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