2-12 激励

───通信会談終了後、フランシア王宮会議室にて


特級通信水晶で写し出されたゲーラの姿が消えると、会議の参加者誰もが厳しい表情を浮かべる。  


「····賠償金以外となると何を要求されるのでしょうかな」


「分からんが、少なかれ裁判にかけるためチグタム元帥の身柄引き渡し、アルザーヌ地域の非武装化ぐらいは要求してくるだろうな····」


「そんなの呑めるはすがないッ! アルザーヌ問題はもちろん、チグタム元帥ですら今回の行動で民衆からは英雄視されいるんだ、我々が堪え忍んでも国民が黙っているはずかないぞ!」


「そもそも大馬鹿のチグタムは召還命令にも応じずどこに行ったのだ!! 政府に判断を仰がずに、しかも同盟国に攻撃を仕掛けるなぞ前代未聞だぞッ!」


口々から出る不安と不満で荒れる会議場。無理もなく、今やオストラインとの関係は最悪を迎え草の根の国民感情もフランシアのみならずオストライン側も爆発寸前名のは明白。


そして、その先にあるのは開戦ッ! 西部の魔王軍、東部のオストラインという悪夢の二正面作戦を誰もが危惧していた。


(なんと脆いのだ我々は···· カルミア様一人失うだけでここまで狼狽するのか·····)


そんな中、ダルランは一人心の中で恥じ入る。たった一人のうら若き女性が不在なだけで、自分を含めた老人達は焦燥感と絶望感に右往左往し、怒鳴り合う····。これを情けないという言葉以外になんと表現すれば良いのか。


しかし、こうなったのも全て彼らが無能で愚かであるためだと云うわけでは決してないッ!

むしろその逆、この事態は意識不明状態のカルミアが招いたとい言っても過言ではない。


如何に強大な官僚機構が作りあげたとしても、カルミアが組織に求めたのは手足としての機能のみで、物事を決定する頭脳は自分自身であることは決して譲らなかった。そして不可侵の権力を築く過程で、国策を担う複数の意思決定機関は意見を述べるだけの諮問機関へと成り下がりやがては、事なかれ主義の増長することとなったのである


議論は白熱す、されど進まず───


絶対的独裁官であったカルミアを喪い、麻痺状態となった元老達による無意味な議論は永遠に続くかと思われるが、一人が放った叱りつけるような喝により終止符を打つことになる。


「皆の者、落ち着けッッ!!!」


突如扉の方向から、強い意志に裏打ちされた声が響き渡る。誰もが怒鳴り合いを辞め、声の主に目を配ると一人の中年男性が震えた声でその人物の名を叫ぶッッ!!


「ふ、フィリップス国王陛下ッッ!?!!?」


永き闘病生活のためか、その手足はまさに骨と皮だけになり、杖がなければ歩くことすら覚束ない。


だがッ! その立ち姿、その目付きはまさに威風堂々ッ!! 年を重ね、体は衰えど纏うオーラは鋭さを増しており、久々に表舞台に現れた老王に誰もが気圧されたッッ!!!


そして自分の登場で言葉を失った家臣達を目の辺りにし、ため息まじに愚痴を吐く。


「····なんと嘆かわしい、月日はお主ら達から若さだけではなく聡明さと覇気をも奪ってしまったか」



突如、国王から飛び出す罵倒の言葉ッッ!! 呆気にとられる元老の中、一人ダルランだけは恐る恐る反論する。


「·····国王陛下、そのお言葉どのような意味で····ッ!」


「どのような意味かと言われても、額面通りとしか言いようがない。お主らの年の半分もない小娘の後ろに隠れ、いざ居なくなれば国難前にしてこの慌てよう。果てはあのゲーラとか言うオストラインの若僧の凄みに対して何も反論できず下をうつ向くだけときた。その情けなさと来たらとても私が王太子時代から遣えてきた忠勇とは思えんな、この腰抜けどもめ····ッ!」


「「「なっッッ!!」」」


まるで虫かを観るかのように見下し、嫌味ったらしく言葉を吐く国王フィリップス。護衛としてついてきた若き衛兵達は自分たちの知っている温厚で温情溢れる理想的な君主とは程遠い姿に困惑するが、当の侮辱されている元老達にとっては馴れていたことであった。


国王フィリップスはただの娘好きのお人良しでは非ずッッ!! そんな凡才が父から王位を簒奪し、実の兄弟親戚を血祭りにあげ、調力と暴力でフランシア史における最大領土を実現できる筈もなくッッ!!


この男の本質は己こそが最も優れた存在だと自負する傲慢不遜ともとれる底無しの自信家ッッ!!


例え親兄弟であろうと、恩師であろうと、愛人であろうが自分にとって害ありと判断したら迷わず始末することの出来る冷酷家ッッ!!


その本性は10代のころから若き暴君に遣え、死地を共に駆け抜け、本音をぶつけ合い時には拳で喧嘩をし、実の親兄弟以上に心通わすはらから同然の彼ら元老達はよく知っていた。


故にッッ!! フィリップスの罵倒、転じて激励は彼等の心に強く響きッッ!!! そして──


「·····上等だよ、フィリップス····ッ!!」


古き親友達の心に火をつけたッッッッ!!!!


「アンタの我が儘には何度も従って来たんだ、さっさと命令しろッ! 戦争か!? 和睦か!? 何でやってやるから、二度と腰抜けなんて言わせんぞッッ!!!」


国王に対して不敬な言葉の連続で逆ギレをかますダルランッ!!! ダルランのみならず他の元老達の目も先ほどまでの保身に走る醜い老人のものではなく、若き頃のように国のため民のために全てを捧げる覚悟を決めた目に変わり遂げていた。


同時に会議室に漂っていた憂鬱で油汚れのように不快だった空気は消え失せ、感覚が無言のうちに冴え渡るかのような張り詰めた空気へと変わる。


若き日の口調と滅私奉公の精神を取り戻したた勇猛な古き仲間達の帰還に、国王フィリップスは不敵な笑みを浮かべる。


「ほぅ~、ビックマウスは昔のままだなダルランッッ! よかろう、お前を臨時の宰相に任命するッッ!! 他のもの達もダルランを補佐するようにッ!! そして──」


フィリップスはよろめきながら、ダルランへと近寄り片手の掌を机をおもいっきり叩きつける。


「無論、オーダーは和睦だッッッッ!! ダルラン、お前は何としても3ヶ月間、はやる軍部と国民、そしてオストラインを抑えろッッ!!! 3ヶ月だ! 3ヶ月堪え忍べば私が『鬼拳』に託した『希望』が芽吹き、必ずや事態は回天するッッ!!」───

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