1-83 夢

「こんなこと····ッ」


プルムがダリルの傍に着いた時には全て終わっていた。


勝鬨を上げる魔族達、『戻り』が解除され荒い息遣いでありながらも力強く大地に立つゾルトラ、そして蒼白く輝く魔方陣が消え失せ倒れこんだままピクリとも動かないダリル──


フランシア陣営の戦士達にもこれが意味することを理解し、唖然し、言葉を喪い、絶望した。


強制徴兵された市民兵はまだしも、確固たる闘争の意思を持ってこの戦場に臨んでいた騎士、勇者パーティー、傭兵達の殆どが別次元の闘いを繰り広げていた勝者を目の当たりにして心が折れてしまったのである。


一方、魔王陣営の大地を揺るがす雄叫びの中、ゾルトラは横たわるダリルを見つめ、聞こえる筈もない称賛の言葉を送る。


「······大した奴だよお前は。誇りな、全力の俺に敗れたことをな····」


その言葉に嫌味や偽り一切なし。ゾルトラは初めて出逢えたダリルという飢えを満たした強敵に対し、感謝と敬意の念すら覚えていた。そしてゾルトラは別れを惜しむような表情をしながら、背を向けその場をあとにする──



───城壁にて


「·····準備は出来ているはねストレリチア? 全軍突撃の号令と同時に貴女はゾルトラの首を取りに行きなさい」


悲壮感溢れる中、カルミアは前を見据えながら淡々と後ろに立つストレリチアに命令する。


カルミアにしてみればダリルの勝利など端から想定しておらず、寧ろゾルトラを想像以上に消耗させたことは嬉しい誤算ですらあった。だが、


「·········」


ストレリチアから返事が返ってこない。その無静寂がカルミアの心中の不安を増大させ冷静な彼女を苛立たせた。


「·····どうしたのかしらストレリチア? まさか貴女まで臆しなんていわないでしようね····ッ!」


カルシウムは悪態をつきながらストレリチアの方向を向くと──


「どうしてだ····· どうしてお前はそんな状態でまだ立てるんだ······」


呟くように驚きの声を上げるストレリチア、彼女の片眼が見たのは──









───「······待てよ·····」


掠れ消えそうなほどか細い声──


力強く叫ぶ魔族達の声に掻き消されそうな小さな声は、ゾルトラの耳に確かに届いた。


高まる鼓動── ゾルトラは自分の背中の後ろに広がる有り得ない光景を想像しながら、ゆっくりと後ろを向く──








───男には『夢』があった。


早くに両親を亡くし、幼い時から不遇な生活と理不尽なまでの持つ者と持たざる者の待遇の差を強いられた男は常にそう思い続けていた。


その『夢』が叶えば、これ程非情な現実に屈することはないと───


男は剣の才能は無かったが幸いなことに魔法だけは適性があり、その潜在能力を変われ勇者パーティーの一員になることが出来た。


だが、成り上がろうと奮起するのも束の間、男は現実を知る───


数多の修羅場をくぐり抜けたことで冷酷な事実が突き付けられる。


自分には唯一取り柄であった魔法ですら伸び代がないとッ!


そして、か弱き少女の幼馴染にですら劣り、守られる弱き存在であることをッ!


男は後に失意のうちに勇者パーティーを追放されるのだが、それ以前の遥か前に男は『夢』を見失っていた──




だが、『夢』は終わらない──


自分の運命を変えてくれた生涯の師と、理合との出会いは男の見失いかけた『夢』の灯火を再点火させた。


そして、短期間で目を見張るほど強くなり、そして遂には神にも匹敵するであろう究極の力を手にする。


だが、それでも『夢』には遠く及ばず·····


天が与えし試練にたいして僅かに傲慢になっただげでも短気な闘いの神は怒り狂い、与えられた神の如き力をも喪失してしまう──










だが、それでも今度は『夢』を見失うことはなかったッ!


再点火された灯火はどれ程の逆風が吹き荒れようと消えることはなかったッ!


不退転の決意は『夢』を叶えたい願望から、叶える信念へと昇華させ、そして信念ある男は────


「·····さぁ、俺は立ったぜゾルトラ、続きをやろうか·····」


何度でも立上がるッッッッ!!!! 死を迎えるか『夢』を叶えるかのその時までッッ!!!


男には『夢』があるッ!!!


あらゆる不条理を退け、何者も縛ることを許さない自由な存在! 『最強』という存在に至る夢がッッッッ!!!!





立ったのは死にかけの男、小突けばまた倒れこみそうな程ボロボロの男───



だが、男が放つ威圧感に魔族の誰もが圧倒されたッッ!!



一方、ゾルトラは震えていた。無論、恐れや怯え等では一切ないッ!


感服していたのだ男の心意気に、認めたのだこの男の強さをッ!


性交にも勝る多幸感に呑まれたゾルトラは滾り散らし叫ぶッッ!!


「最高だぜダリル·····ッ! 最終ラウンドと洒落込もうじゃねぇかッッッッ!!!!」


ゾルトラは駆け出すッッッッ!!! 最高の宿敵に引導を渡し、完全な勝利を掴むためにッッッッ!!!!!


それに対しダリルは何とか立ち上がったが足元は覚束ず、フラフラとしているッッ!!


だが、それでもゾルトラは全力の一撃を加えるべく猛追するッ!! 油断も慢心もこの男に不要と云わんばかりにッッ!!!


そして余力を振り絞ったゾルトラの必殺の拳がダリルの顔面に直撃───







(!? なっ、すり抜けッ!!?!?)


せずッッ!!! 


最終局面において先手を盗ったのは──


「ヴヴヴォォォォッッ!!!」


ゾルトラの顔面を捉えたダリルによる渾身の右拳ッッッッ!!!


身に宿りし神を喪いながらもダリルは持っていたのだッッ!!! 



格上を倒し得る『刃』を、遥か昔から───

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