1-66 コロシアム

──御前試合当日、コロシアムにて


本来フランシアに於いての御前試合とは王族と極少数の重鎮の立ち会いのみで行われてきたが、この日は違った。


「ひゃ~、すごい人数ですねぇ。確かこのコロシアムの収容人数三万人ぐらいの筈ですけど満席ですよ、これ」


あまりの観戦者の数に圧倒されるベロニカとプルム。そう、市民やグランオルドル騎士、勇者パーティーの者達、そして傭兵達もがこの世紀に一戦を目撃すべくコロシアムに集ったのである。


「カルミアの提案らしいぜ、王族関係者以外にも観戦させようと言ったのは。この後に控える魔王軍の決戦に緊張している兵士達の息抜きと戦意高揚のためにな」


「はえ~、でもダリルさんにとっては超アウェーな状況ですよねこれ·····」


「あぁそうだな、昨日街を歩き回ったがあの記事のせいで何処もかしこも相棒の悪い噂話だらけだったぜ」


「グランオルドルなんかじゃあ、本当の団長殺しはダリルさんで今日の試合は仇討ち何だって息巻いている人が沢山いましたよ·····」


同時にため息をつくプルムとロベリア。その間にも二人の左右前後の客席からは今日の一戦を各々興奮気味に話す声が嫌でも聞こえてくる。


「おい、聞いたかよダリルてやつ魔王軍の手下らしいぞ!」


「聞いた聞いた、本当はこの試合もガナード様による公開処刑だってな!!」


「俺は怪しいと思っていたんだよ! だって彼奴、つい三ヶ月前まで『勇者達の反乱』に加わった黒狼騎士団のメンバーなんだろ! どうせ裏で悪いことやってるんだろうてな!」


耳に入るは尾ひれはひれがついた噂話。二人は再び深いため息をつく。



「まるで見世物だな···· 正義 対 悪の分かりやすい構図のせいで変に観客が血走ってやがる·····」


「ちょっとこの盛り上り方は異常ですね····· 関係者以外は知ってるんですかねぇ、本来のこの試合の目的を」


「いや、パンフレットの触れ込みをみると交流戦みたいな扱いだったぜ。本当の目的を知っていたらこんなもんじゃなかっただろよ」




───選手控え室



「すまない····! 私の判断が軽卒過ぎた·····ッ!」


頭を深々と下げるストレリチア、その先には座禅を組みマナの循環を確認するダリルがいた。


「·····ガナードは団長殺しの因縁をつけてお前を殺すつもりかもしれない。だが、お前が危うくなったら国王陛下の御前であろうと私が試合を止める····ッ! そして必要であれば──」


その言葉を聞くとダリルは座禅を解き、ゆっくりと立ち上がる。


「今さら真実を打ち明けると言うのか? ·····問題ない、要は俺が勝てば良いんだろ? それに観客達になんと言われようと、あの高名な『獄炎』と全力で戦える場を用意してくれたアンタには感謝すらしている。だから気にするな」


男は無骨ながらストレリチアの事を案じているのか、はたまた本当に強敵との闘いに喜んでいるのか分からないが、その言葉には彼女への恨み節など一切含まれていなかった。


ダリルはその後何も言葉を発せずに会場へと向かい、その背中を見ながらストレリチアは思う。


(······栄誉や名声のためではなく、あくまでも闘いのみを望むのか····· 勝てよダリル、そして戻ってこい! お前はここで終わる男じゃないからな──)



───コロシアム、VIP席にて



コロシアムの闘技場全体には観客席に害が及ばないよう数十名にも及ぶ魔法使いによる結界が張り巡らされていたが最上部のもっとも試合を良く観戦できるVIP席はより厳重な多重結界が施されていた。


「·····そんなにダリルのことが心配? マリー」


そわそわが止まらないマリーをみかねてカルミアが話し掛ける。


「そ、そりゃあそうよ! みんなダリルの悪口ばっかり言ってるし····」


「フム、確かにこの状況下であの武人は実力を発揮できるだろうか····· カルミアよ、やはりこの御前試合は中止か延期にすべきではなかったか?」


「父上、仰有りたいことは分かりますが、私から言わせて頂ければこの程度の罵詈雑言で押し潰されそうな人間にゾルトラとの一騎討ち、否、この王都に住む全ての人間の運命を掛けた一戦を任せることが出来ますでしょうか?」


語気を強め雄弁に語ると、国王も「確かにな」と呟き引き下がった。


カルミアは肘掛けに頬杖をついて考えに耽る。


(ダリルよ、これは試練だ····· ただガナードに勝てば良いというわけではない····· ある者はフランシアの戦士としての誇りのため、ある者は己の武勇を発揮する戦いを求めて、ある者は家族と仲間を守るため····· 様々な理由があれど観客の殆どは決死の覚悟でこの後の魔王軍との一戦に挑もうとしている。わかるかダリル? お前はそんな勇士達から戦場を奪い取り独占しようとしているのだ······ 故にお前は証明しなければならないッッ、自分がそれに足る存在だということを! その『力』を持って三万の勇士達に認めさせろッッ、自分こそが今この場で『最強』の存在だということをッッ!!)──

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