1-49 スランプ
「····流石にガセだろ、あのアレウスが死んだなんて」
「だから噂だと言ったでしょ···· だが少なかれ魔王が軍団から離脱したのは確かな情報、なんにせよエベリア半島に残った『二人』を警戒して戻ったと見て間違いないはずよ」
「まあ、そりゃあなぁ·····」
「あのぅ、ちょっといいかしらプルムちゃん·····?」
妙に納得している二人に対して、置いてけぼりのマリーは恐る恐る手をあげた。
「お、なんだいマリー!」
「御姉様とプルムちゃんで話が進んでるけど私にはさっぱり分かんなくて···· そもそも何でアレウスが死んだという噂で魔王がエベリア半島に戻ったの? あと警戒している二人は誰のことかなーあって·····」
「あ~そうだなぁ、まずそれを説明する前の前提としてだが魔王軍ってのはな規模こそ大きいが一枚岩じゃないんだよ」
「一枚岩じゃない? それって魔王軍の内部にも派閥があるってこと?」
「そういうことよ、大小様々な派閥があるがその中でも最も規模が大きく、反魔王色が強いのが二つ」
「なるほどね、その二つの派閥のトップが魔王が警戒している人物てことね!」
「そう、そしてこの二人てのが何を隠そう魔王四天王でありサキュバスの王であるゼラとヴァンパイアの王であるドラクなのよ、この二人はもちろん派閥に息がかかっいる奴等は誰一人として今回の強行軍に参加してないって徹底ぶりだしよ」
「つまり魔王は背後からその二人に反旗を翻されて私たちフランシアと挟撃されるのを牽制するためにエベリア半島に戻ったのね。でも、アレウス死亡の噂と二人の反旗の可能性に何の関係が?」
「それこそが魔王の最大の弱点! 魔王軍は南方の大陸『暗黒世界』で結成されエベリア半島まで進出してきたんだが、殆どが元々縄張りを持っていて好き勝手に暴れていた連中を武力で従わせて旗下に組み込ませているわけなんだ。そして、その平定で活躍したのが現魔王軍のツートップ、特定の派閥を持たず魔王に絶対の忠誠を誓っているアレウスと、比較的親魔王派で穏健派でもあるゾルトラなのよ」
カルミアもティーカップを置きマリーに説明する。
「話はだいたい分かったかしらマリー? つまり魔王の個人的権威はアレウスとゾルトラの圧倒的実力で支えられており、それだけが魔王軍の分裂を防ぐ安全弁なのよ」
「へ、へぇ~ ちょっと難しいけどなんとなく分かりました御姉様」
頭から煙が出始めていたマリーを横目にカルミアが話を続ける。
「だから見方を変えれば王手を掛けられたのは魔王の方なのよ、もしアレウス不在の状況下でゾルトラすらも敗北したらどうなると思う? 魔王は一転してフランシア侵攻どころでなくなり、内部の反乱に怯えることになるわけよ」
自信満々に話すカルミア、話を聞いて成る程と相槌を打つマリー、そして納得のいかない表情をするプルム。
「·····そんな簡単に上手くいくかねぇ~。あのゾルトラを倒すなんて·····」
「あら、貴方までそんなことを言い出すなんてね。お友達のことは信頼してないの?」
「いや~、今まで本人は倒す気マンマンで気合いだけは十分だったんだけど、今日の朝から様子が変なんだよなぁ、何か覇気がないというか、迷っているというか····」
「·····なるほどね、ストレリチアが言ってたのはそういうことね·····」
「ん? 今なんて?」
「気にしないで独り言よ」
カルミアは残っていた紅茶を飲み干すと言い切る。
「その件はきっと大丈夫よ、多分解決されるわ」
「ほぅ、何でそんな言い切れるんだい?」
「居るのよこの王都には、無気力な表情でぶっきらぼうそうに見えるけどその実熱い心を持っているお節介焼きな女がね····」
───ほぼ同時刻、王都城壁外側の滝壺前にて
人気のない大自然の中、男は苛立ちを岩石にぶつけるように拳を振るっていた。
「クソッッ!! 全然ダメだッ!」
男の中で支配する焦りの感情が集中力を削がせ、マナを上手く練れなくなり始めていた。
(俺が足りないものは分かっている! 分かっているがどうやって手に入れればッッ!!)
「あ!! いたいた~、こっちですよ先輩!!」
響き渡る聞き覚えのある声、ダリルは後ろを向くと、
「ベロニカお前どうしてここに····· ッッ!?」
「ものを言わない反撃もしない岩を殴って一体何になるダリルよ?」
ベロニカが手招きして呼んだのは、
「ストレリチア···· お前どうしてここに···· 俺を笑いに来たのか····?」
「そ、それは誤解ですよ! 先輩はダリルさんのことが心配で──」
ストレリチアはベロニカの口を塞ぐと頭を横にふる。
「そのとおり···· と言いたいところだが、どうやら自分に足りないものは気が付いているようだな、それに関しては感心するよ」
「····何が言いたいッ····!」
「そう睨むなダリル。迷える坊やに手を貸してやろうと思ってな····· 光栄に思え、剣聖に直々に指導して貰えるなんて中々ないことだからな····」──
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