1-41 混戦
ロベリアは混乱していた。ほんのつい先程までダリルに対し自分の間合いを保持し優勢を保っていたのに関わらず、今や自分が宙高く飛ばされていることに───
(? 一体何が? 私はどうして······ッッ!?!?)
瞬時、顎と頸椎に激痛が走ったことでロベリアは飛ばされ掛けた記憶を思い出すッッッ!!
あの瞬間、ダリルの左半身に現れた魔方陣が青白く光始めたと思ったら、突如猛スピードで間合いの内側に入られ頭が吹き飛ばされそうになるほどの強烈無比な顎への一撃を喰らった事実をッッ!!
だが思い出すには遅すぎた、視界の焦点が戻り始めた彼女が最初に目撃したのは自分より宙高く飛び上がり、左踵を天へ向け月明かりに照らされていたダリルの姿·····
そして予期される驚異的威力の一撃に対して全く無防備なロベリアの頸椎に、ダリルの踵落としが直撃するッ!!
ロベリアは加速しながら急降下し屋根を突き破り、天井を突き破り、一階の床にまで叩きつけられる。
痺れる体と荒れる呼吸、だが彼女に休む時間などない。それは粉塵やまぬ中、天より降り立つ。
男が女の顔を完全に破砕さんと、踏みつけるように落下してくる左足を回転して避けるとロベリアは咆哮し、ダリルに突喊する。
更に速く、研ぎ澄まされた槍捌きをダリルを襲が、この男も更に疾くより洗練された連撃で応戦するッッ!!
ダリルが攻防で使用出来るのは、左腕と左足のみであったが手数で勝る男の拳はロベリアに届き始め確実にダメージを与えて行くッ!!
しかし真に恐るべきはロベリアであるッ!! 更なる成長、否、もはや『進化』と言っても過言ではないほど飛躍的に身体能力を向上されたダリルに対し、ロベリアは鳩尾への一撃に加え先程の頸椎への一撃は呼吸を更に困難にさせ、もはや幻術は使えず身体、武器強化魔法ですら維持するのが精一杯であった·····
で、あるのにも関わらず!!! ロベリアの神業的な戦闘センスはこの男の猛攻を前にしても反撃を可能足らしめていたッッ!!!
交差する男の拳と女の槍先、それは互いの肉体を抉り、破壊し、鮮血を飛び散らせる。
二人の攻防はまるで小さきながら激しい嵐のような突風と震動、そして鈍い爆音を響かせ、彼らの攻撃圏に入った家具は、壁は、舞い散る部屋の破片は悉く破砕され、次々と家々の壁を突き破りながら死闘に興じる。
草木も眠る深夜、この迷惑で災害のような男女二人に土足で踏み入れれた不幸な住民は例外なく絶叫と称するに相応しい声をあげるがダリルとロベリアの耳には届かない。彼らはもはや相手しか認識できなくなり始めたのだ。
もし、二人の過去を知る人物が今の彼らを見れば嘆くであろう───
共に互いを愛していながらそれに気が付くことはなく、すれ違いの果てに拗れ殺し合う二人と······
だがしかしッ!!
なんと皮肉なことであろう、この時二人は初めてお互いの気持ちを明確なほど理解し合うことが出来た。
それは闘いの悦びッ!!! 互角の実力を持つもの同士が味合う緊迫感ッッ!! そしてつい先程迄の自分の限界を易々と越える感覚ッッッ!!
故に互いに嗤ったッッッ!!!!
二人の体の赤と青の魔方陣はその昂る感情を体現するが如くさらに輝きを増し、死の直前まで闘えるよう力を与える。
ロベリアの中での怨恨の念が消え失せたというわけではない、だが闘いの滾りがそれを押し退け始め、止めどなく出てくる脳内麻薬が限界を迎えている肉体をさらに速く、さらに鋭く突き動かすッッ!!
ダリルも今まで一貫して彼女を必要以上に傷付けないよう配慮はしていたが、男の中の本能がこの恐るべき強敵に対しての勝利を激しく求めた結果、その拳はもはや殺意を帯び始め、事実彼女の肉体を破壊し始めたッッ!!!
この二人の闘いはダウンタウンの黒狼騎士団の本拠地で始まったが、やがて数多の建造物の壁を壊しては移動している内に遠く離れていた筈の、王都一番の商店街通り、シャンズ大通りに飛び出るッッ!!!
突如開放的な空間に放り出された二人は互いに距離をとる。
ロベリアの服と顔は自分の血と返り血で深紅に染め上げられ、呪印装術の力でも再生が追い付かない程ボロボロの体はいよいよ限界の底が見え始めた。
しかしダリルも流し過ぎた血液は、この男の意識を保つことすら困難にさせ、それは死に直結することを意味していた。
二人の距離は10メートル程度、遠すぎず近すぎずの絶妙な距離は互いの表情を観察するのに十分だった。
互いが互いを見て確信する。次の一撃が最後になると·····
この充足した一時の終わりが····· 決着の時が迫っていた──
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