第116話 追跡者の正体

 「誰だ!」とノアは姿を見せぬ追跡者に叫ぶ。


 他のメンバーは戦慄していた。 魔剣使い、学園の司令塔、聖女と人並みならぬ力を宿した仲間たちでも気づけぬ追跡者。


 その実力は想像すらできない。 しかし――――


「おぉ、我に気づくか! 流石は我が師匠じゃ!」


 姿を現したのは、メイド服を着た幼女だった。


「ド、ドラゴン!? どうしてお前、迷宮の中に?」


 そんなノアの言葉に幼女の正体を知らないアルシュとエリカは「ドラゴン?」と訝しがっている。


「えっと、この子はバッドリッチ家の新しい従者で……」


「あぁ、なるほど。 怪物揃いと恐れられているバットリッチ家の従者ですか。それじゃ、僕らが気づけなくても仕方ないか」とアルシュ先輩。


「あの伝説の従者。こんなに幼くても底知れない圧力を感じるわ」とエリカ生徒会長。


「……うちの従者って世間的になんて言われているの?」


「でも、解せませんわ。 どんな実力があっても可愛い女の子にドラゴンなんておどおどしいあだ名をつけるなんて」


「ん~」とノアは困った。 学園ではドラゴンの正体を隠すために偽名を用意する予定だった。


 しかし、ノアは完全にその事を後回しにして「おい、ドラゴン!」「やぁ、ドラゴン!」「おはよう! ドラゴン」と普通に呼び続けていたのだ。


 「お嬢様、いい加減にこの子の名前を付けてください。その呼び方が癖になったら困るのはお嬢様になりますよ」とメイドリーから口を酸っぱくして言われていたはずなのに……


「この子は、才能を買われてバッドリッチ家の預けられたのですが…… どうも、昔の記憶がないのです。そう、記憶喪失です。そのため自身を鼓舞するためにドラゴンなんて、勇ましい名前で自分を呼んでいるのですが……そうだ、皆さんで、この子の名前をつけてやってください」


 困ったノアは、口から出まかせを言った。 一息の早口で喋ったので胡散臭くなってしまったのだが、2人は納得したみたいだ。


 あーでもない。こーでもない。 と名前を考えている。


 そんな感じで親友同士で楽しいに話合うアルシュとエリカだったが……エリカは不意に冷静さを取り戻したらしい。


「この子の名前ですか。だったら……いえ、少し待ってください。 大丈夫なのですか? 迷宮でこんな幼い子供を連れまわしても……一度、帰還も頭に入れないといけません」


「いや、大丈夫じゃないかい? 僕たちの後ろを隠れて付いて来た。それは立派な実力者だよ。……たぶん、僕たちよりも――――」


「アルシュ先輩。そんな『ドラゴンと戦いたい!』みたいな顔しないでください。 狂戦士ルナちゃんですか? 」


「どうして! 私の名前がそこに出るのですか! ……いえ、狂戦士なのは否定しませんが……ちょっと、こっちに来なさい。 ドラゴンちゃん、貴方も!」


 ルナに引っ張られて、ノアとドラゴンはアルシュとエリカの2人と距離を取る。


「ドラゴンちゃん。 貴方、どうやって結界を破ってついてきたのかな? それとどうして黙ってついて来たのかな? かな? かな? かな!?」


 語尾の「……かな?」の圧が凄い。


「うむ、本来の我は迷宮が好きな生物なのじゃ! そこにいると落ち着く。近くにあると中に入らずにはいられない性質……いや、生態なのじゃ」


「うん、お前、ドラゴンだもんね」


「ノアさんは黙ってなさい」


「はい……」


「ドラゴンちゃん、ダメだよ。ここは勝手に入っちゃダメな場所。わかるね?」


「え…… 迷宮なのにか?」としょげた感じのドラゴン。


「――――んッ 可愛いけど、ダメ!」


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・


 同時刻、ノアたち一行から距離を取る影がいた。


「――――ッ! まさか、俺の追跡がバレたのかと思ったぜ」


 長い時間、単独行動を専門とした男だ。 自然と独りごちる事が多くなっている。


「しかし、あのメイド服の少女。俺ですら気配を掴めないとは……何者だ?」


 そんな事を言いながら……目的地に到着する。 そこは、なんの変哲もない壁。


 そこに追跡者が手をかざすと音もなく壁が動き始めた。


 迷宮の隠し部屋。


 男がそれを知っているのは、以前からここを本拠地としていたからだ。


 だが、部屋の中心には十字架を模した旗が掲げられている。


 しかも逆さにして――――つまりは逆十字。 神への反逆を意味する旗。


 そんな旗を掲げる者は1つしかない。 彼らは――――


 悪魔教の悪魔崇拝者だ。


 「首尾はどうだ?」


 誰もいないと思われた部屋から声がする。


 どこにいたのか、姿を現したのは黒い甲冑の男。


 「はい、王子……あの女は確かに迷宮に、恨みを晴らすのは今かと……」


 ノアたちの手によって壊滅状態となった悪魔教。 その首魁が彼だった。


 「うむ……」と黒い男は考える。


 「増援として、かのフランスの豚が来るのを待つ事を考えていたが……良いだろう。私が出る!」


 「おぉ!」と追跡者は感涙した。


 黒い甲冑の男。 彼は転生者だった。


 かつて14世紀に行われたイングランドとフランスの100年戦争。


 ジャンヌダルクなどで有名な戦争であるが、漆黒の彼もまた100年戦争の主役の1人ともいえる。


 略奪と破壊の騎行でフランスを苦しめた皇太子。


 エドワード黒太子。 ブラックプリンスと言われた男だ。


 

  

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