第94話 ノブレス・オブリージュ

 「私が悪かったわ……ごめんなさい」


 「いいや、悪いのは僕の方だった。 本当にすまない」


 生徒会長とアルシュ先輩は互いに謝罪した。


 だけれども――――


「本当にこれでよかったのかな?」とノアは呟く。


「あら、何か不満があるのかしら?」とルナ。


「たぶん、彼女たちは以前のように友達には戻れないと思う」


「……それはダメな事なのかしら?」


「え?」


「確かに2人が仲直りして親友に戻れる事が1番いいのかもしれない」


「なら……」


「けれども、実際には過去と同じ関係なんて戻る事はできないのよ」


 その断定的なルナの口調にノアは「……」と無言を返すしかなかった。


 生徒会長とアルシュ先輩を仲直りまで漕ぎつけた方法。

 

 それは、彼女――――ルナが言う通り歪な方法だった。


 貴族にはノブレス・オブリージュと考えがある。


 『高貴さは義務を強制する』という意味であり、


 特権階級である貴族は社会の模範となるべきであり、特権階級でない者への義務……つまり、様々な支援を行わなければならない。


ならば、当然――――


「アルシュ先輩を支援する貴族階級には生徒会長の家も含まれてるわけか……」


 なんてことはない。 不正的(少なくとも生徒会長にとっては……だ)にアルシュ先輩へ金銭的な支援をしていた中には生徒会長の実家も含まれていたのだ。


 生徒会長自身にやましい気持ちが生まれた。そこで和解を持ちかけられたのだから――――


「そりゃ地元の英雄なら、周辺の貴族たちも多額の寄付を行うわけだ」


「そうね。アルシュ先輩と生徒会長が幼馴染と聞いて、すぐにその可能性を思い立ったわ」


「なるほど……」とノアは呟く。


 貴族思想に薄いノア1人では思い浮かばなかっただろう。


「ノアさん、たぶん2人は互いの気持ちは、こう……尾を引くと言えばいいのかしら? 何か後ろめたさが残ると思うわ。それでも事実は変わらないし、変えられない」


「うん」


「でも、それでも……以前とは違う関係性になってでも、嫌悪するよりも前に――――」


「うん、わかるよ。それでも前に進まなきゃならないんだ」


後日、生徒会長とアルシュ先輩が2人で歩いていたのを見かけた。


少し、ぎこちなさを感じたが、それが永遠に続くのか、それとも――――


少し、救われた気がした。


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・


「驚いた。 まさか、ノアが2人の争いまで休戦させるとは……」


「――――」


「うん、嬉しいよ。 これでいいんだろ?」


「――――」


「あぁ、悪魔教の息がかかった企業がアルシュの支援をしていた。 つまり、この学園が手にした金も……」


「――――」


「それは事前に防げたからね。 つまり――――もう彼女を始末する理由はなくなった、だろ?」


「――――」


 暗闇の中、ギア・ララド・トップスティンガーの声だけが聞こえる。


 まだ、彼の暗部はノア・バットリッチと深く交差する事ない。


 ノアは、知らない。


 なぜ、アルシュ先輩と生徒会長。個性が輝く両者がこの世界で――――


 『どきどき純愛凌辱シリーズ 魔法学園のエッチな私たち』


 に置いて、本来の登場人物ではないのか?


 それは――――いや、ノアですら忘れるエピソードがあった。


 夏場のイベントで行われる怪談話。 


 ある学園の英雄と言われる生徒が行方不明になった。


 それを当時の生徒会長は必至で探し――――ついには夜の学校で彼女もまた姿を消した。


 ――――そういう怪談話だった。


 つまり、2人は本編に登場することなく死んでいたのだ。


 イベントの僅かな会話で語り継がれるだけの運命……しかし、それが大きく変わったしまったのはノアという因子が、この世界に取って――――



 いや、それを語るには、まだ遠い未来になるだろう。 



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