第68話 鍛錬及び健康学の教師 ラウル

場所は外。 運動場の一角。 そこは修練所と言われる場所だ。


 「さて、諸君。この魔法学園では魔法戦闘学を代表に戦う術を学ぶ授業が多い。それはなぜかわかる者はいるか?」


 長身の教師は、ジャージのような服装。肩に長剣を担ぐように持っていた。 


 その長剣が竹刀なら、昭和の体育教師を連想できるだろうが……世界観には酷くそぐわない教師だ。


 名前は、確か……ラウル。


 ラウル教師というよりもラウル教官と言いたくなる雰囲気がある男だった。


 「誰もいないか。この学園は、元々貴族が通う名門だった。さて、では再び諸君への質問だ。貴族とは何か? どうした? ん? これも答えられないのか?」


 やや挑発めいた発言。 それに対して貴族らしき生徒の矜持が反応をみせる。


 「はい、貴族とは選ばれた者です。血を継承し優れた遺伝子を残し、民を導くのが……」


 まるで演説。 悦に入りながら、貴族がいかに優秀で伝統を守るべき存在かを高らかに謳う生徒だったが……


 「うむ、ダメだ」と一刀両断するラウル教師。


 「いいか? よく聞け! 貴族とは戦士だ。 貴様の先祖さまは国のために戦い、その恩賞として領土を与えられたのだ。違うか!」


 その迫力に、さっきまでペラペラと貴族のすばらしさを語っていた生徒は、何も言い返せなかった。 よく見えれば、両足がガクブルと震えている。


 「この授業、鍛錬及び健康学では、貴様のように生まれたばかりの小鹿を立派な貴族さまに成長させてやる! さて、この場に武に自身がある者はいるか!俺と立ち会いたい者は!」


 威圧とも言える教師の声。 先ほどの授業でいた武闘派ともいえる面々ですら、手を上がる者は――――


 「ここにいるぞ!」


 そう言った人物は手を大きく上げ、にこやかに――――いや、満面の笑みすら見せている。


 「ほう、良い表情だ。貴様の名前は?」


 「はい! ノア・バッドリッチであるます!」


 「ほう、貴様か! 俺と仕合うか? 貴様の得意な武器は?」


 「はい! 私の武器は素手であります」


 ざわ…… ざわ……


      ざわ…… ざわ……


 大きなざわめき。 それは、運動場だけではなく、校舎にも伝播している。


 異常な空気感を察して、生徒たちだけではなく教員ですら窓から様子を見ている。


 「ほう、その構え……堂に入っている。 僅か15才の少女が地下闘技場で準優勝などと噂にしては訝しがっていたが……なるほど、納得だ」


 緊張感が風船のように膨らみ、いつ弾けるかわからない。


 そして――――


 「始めるか?」と教師。対してノアは――――


 「もう始まっています」


 「……なるほど、先に俺が動けと? お前、自分が格上と称す?」


 「いえ、どちらが格上なのか? 闘って決めるから格闘技と言うのです」


 「くっ、たまらねぇな。おい!」と教師が口にした次の瞬間だった。

  

 「消えた!?」


 目前から教師が消えた。 認識できないほどの速度?


 今まで小柄なノアが戦い続けれた理由として、速度という利点はあった。


 だが―――


 ノアは胸に圧を感じる。 真横に移動した教師が腕で強く押してくる。


 耐えきれずノアの上半身は後方へ反っていく。


 無意識に足を後ろに出してバランスを整えようとするもできない。


 ノアの背後。その足元へ教師は足を伸ばしていたからだ。


 (太極拳でよく見る相手を倒すの足技だ!)


 それに気づいたノアは、力に逆らう事はしない。自ら体を丸め後方に転がる。


 後転して、そのまま立ち上がろうと――――


「ドーン!」と教師の声。 目前に大きな足裏が迫ってきている。


 前蹴りを両腕でガードする。 しかし、痺れが走り抜けていく。


 (強い……と言うよりもやりずらい。魔法を使っている?)


 ノアの考察は正しい。 


 教師ラウルが使用している魔法は相手の距離感を乱す効果がある。


 決して大掛かりな魔法ではない。しかし、その効果は大きい。


 実力で言えば、遥かにノアの方が上回っている。


 なんせ、地下闘技場で文字通り歴史に名を残した猛者たちと戦い勝ち抜いてきたノアだ。

 

 だが――――


 「――――ッ!」と頬に被弾した拳。 ノアは、後ろへ下がる。


 この魔法学園において教鞭を取る者。それも生徒へ戦闘を教える者ならば、一流の戦士である。


 その在り方は武術家や武道家、格闘家と言った者とは大きく違う。


 正々堂々と肉体や技を試し合う戦いではなく、相手を幻惑し、翻弄し、戦いをコントロールするのが魔法使いとしての一流。 


 だから――――


(えぇい! やり難い……だったら!)


 ノアの動きが変わった。 ノアの闘法、柔道や合気が混じっているが、その基本は八極拳にある。


 だから、動きは豪胆に、直線的に前に力強く踏み込む。


 その動きが変わったのだ。 どちらかと言うと――――いや、明らかに真逆。


 今までの動きとは違い軽やか。それに前後だけの単純な動きではなく、左右の動きが加わる。


 それはまるでボクシング。 それもアウトボクシングと言われる種類の物。


 地下闘技場最強決定トーナメント、その決勝でノアが戦った相手である関羽との戦いで覚えた動きだった。


 

 

 


 

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