第52話 なぞの少女ライム ③

 宿の周辺には闇組織の人間たちが大量にいた。


 しかし、闇組織の人間と言っても一枚岩ではない。


 闇社会のネットワークに関わる組織も1つ2つではない。


 そして集まっている人間も、それぞれ目的が違う。


 「兄貴、龍幻会の暗殺者が忍び込んで、そこそこの時間が経過しましたぜ?」


 「焦るな。先行した暗殺者が殺しに成功したら、もう出てきてるはずだ。それに――――」


 兄貴と言われた男はため息と共に続ける。


 「俺たちゃ殺すのが目的じゃねぇ。闘技者のノアを無効化して、逃げ出したガキ共々、連れて帰るのが親分の命令だ」


 「うちの親分も子供に甘いですからね」と、どこか揶揄からかう口調の子分。


 「……」兄貴分は無言で睨みつける。


 「べ、別に親分を馬鹿にしたつもりは……」


 「……出てくるぞ」


 「へっ?」と子分が間抜け面を見せた次の瞬間だった。


 宿屋の扉が開き、黒い何かが飛び出した。


 男たちは反射的に武器を構える。 だが――――


 「コイツ! 龍幻会の!」


 「けっ! やっぱり失敗しやがったか」


 扉から飛びだしたように見えたのは、失神して投げ飛ばされた暗殺者だった。


 「気を付けろ! 次は本命が飛び出して……」と兄貴分は最後まで言えなかった。


 背後で何かが倒れた音。 振り替えれば、倒れていたのは弟分。 そしてーーー


 「気を付けろですか…… 的確なアドバイスですね。少し遅かったみたいですが」


 「メ……メイド? それもガキの?」


  目の前に現れたメイド少女は、この言葉に「むっ」と不快感を露にする。


 その瞬間、男が抱いた印象は小柄なメイドとはかけ離れていた。


 (まるで、魔物…… 獣のような獰猛な魔物が突然として街中に現れたような圧力!)


 反射的に腰に帯びた剣を掴む。


 「あら……いい気迫です。あなただけですよ。私に刃向かう気骨を見せてくれたのは」


 その言葉に、ひっかかりを覚えるも、すぐに気づく。


 (……気配がない。まさか!)


 「えぇ、御察しの通り、貴方が最後です」


 「俺以外の全員を……すでに倒していた……だと?」 


 ゾクっとした寒気が背筋を通り抜ける。


 周辺を囲んでいた裏組織の連中。彼らは既に倒れている。


「私はバッドリッチ家の剣であり、盾である。敵対する者は必見必殺の技を見せる」


「バッドリッチ家……まさか、ノアってガキは!」


「えぇ、バッドリッチ将軍……ルーカス・バッドリッチ様のご息女であられます」


「――――ッ!」と男は絶句するしかなかった。 


 武に生きる者、あるいは暴力に生きる者にとってルーカス・バッドリッチは神にも等しい存在である。


 ノアの名前を聞いても、たまたま同じ姓……あるいは縁の切れた遠い親族……そう思い込もうとしていた。


「あの生きる伝説……バッドリッチ将軍の娘。あんたと言い、バッドリッチの関係者は化け物揃いか!?」


「……フン! それは誉め言葉として取っておきましょう」


「震えるぜ……楽しい、楽しいって体がな。俺だって一端いっぱしの武人だって再発見しちまった」


「困ります。今から失神する人間に歓喜なんてしてもらったら……」


 勝負は一瞬だった。 ……そもそも勝負にすらならなかった。


 抜こうとした剣は抜けなかった。 メイドリーが一瞬で間合いを詰め、剣の柄を抑えたからだ。


 (――――打撃を!)


 男が、そう判断した時にはメイドリーの貫手が体に突き刺さっていた。


 この後、意識を取り戻した男は、自身の半生を恥……のちに著名な武人として名を馳せる事になるのだが、それは遠い未来の話。


 「さて、お嬢様とライムさん。急ぎますよ」


 隠れていた2人を呼び寄せ、急がせる。


 不意に倒れた男を見て、ほほ笑んだように見えたのは気のせいだろうか? 

 

  

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