第47話 馬乗り(マウントポジション)

 マウントポジション。


 なぜ、闘争において、相手の馬乗りになる事がこれほどまで有利に進むのだろうか?


 まずは――――


 相手を地面に押し付けることで動きに制限をかけているのだ。


 背後に地面。 肩や腕の動きが阻害される。


 肩「動けません!」


 強い打撃、蹴りや突きを放つ時に使用する腰の回転。 相手が腹部に乗っているために腰を回す動作はできない。


 腰「回転できません!」 


 なにより、足を強く踏ん張ることができない。 下半身の力がうまく使えなくなるため、このポジションからの脱出が難しくなる。


 足「うまく踏ん張れません!」


 誰もが認めるマウントポジションの有利性。


 だが、どうしても疑ってしまう。 本当に腹部に人が乗っかるだけで、そんなにも動きずに不利になるのか?


 例えば、例えば――――


 凄い強い格闘家 Aクン。


 彼は身長2メートル以上。 体重は130キロ。


 肥満ではなく、脂肪率は1桁。 


 100メートルを11秒台で駆け抜けていく。


 なんとなんと、このA君! ベンチプレスは200キロ以上を上げるというではないか!

  

 こんなA君に挑戦が現れる。


 寝技師のB君だ。 


 B君は180に満たない身長。 体重も90キロよりも下だと想定しよう。


 普通なら試合として成立しない。 ……まぁ、昔の日本の総合格闘技のイベントだったら、普通にやりそうだが。


 A君 VS B君


 試合も一方的だ。 


 軽く出したA君のジャブが、B君の顔面を捉える。


 まるでストレートの威力にB君はバランスを大きく崩して倒れてしまった。


 派手なシーンの観客のボルテージも上がりに上がり……アゲアゲだ。


 そんな観客たちの声援に背中を押されて、A君がトドメに走る。


 だが、そんな時――――


 B君の勇気に神様がチャンスを与えたのかもしれない。


 気が逸り、大振り気味になったA君のフックを、B君は低い体勢でやり過ごす。


 その勢いのまま、A君に抱きついた。 油断していたA君は驚くのだ。


 対処が遅れ、倒れたA君にB君が覆い被さる。


 ――――さて、マウントポジションだ。


 B君の体重2倍をベンチプレスで悠々と持ちあげるA君は、マウントを取ったB君を跳ね飛ばせないのか?


 無理だ。


 マウントポジションからの脱出は技術としてないわけではない。


 だが、単純な力で返そうとするならば、脱出は不可能だろう。


 人間が力を出そうとする時の動作。 例えば、重い物も持ち上がる時、首を上へ上げたり――――単純に歯を食いしばるもの同じだ。


 気づかないだけで力を入れる時の予備動作というものが人間には数多くある。


 人間が伸し掛かり、暴れ、攻撃を仕掛けてくる時に、どれほどの予備動作が可能だろうか?


 ベンチプレス?


 腰を浮かせ、首に力を入れて、ブリッチ? 下半身に力を入れる?


 やはり――――無理だ。


 単純で純粋な腕力でマウントポジションを破る事は難しい。


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・


 だが、当然ながらゲッツもマウント対策を考えていた。


 通常の人間ではできない動き。 義手の代りをしている鉄のスライム。


 「本体である俺様が封じられた程度で止まらんぞ!」


 すでにゲッツの腕は切り離され、スライムは形状が球体へ変化している。


 高速で飛来する鉄球と化し、ノアを狙い――――


 「だが、それも想定済だ」


 死角から、狙われた鉄球。 どこから、飛んで来るのか? 


 ノアにそれがわかっていた。 


 不自然なゲッツの視線。 マウントを取られ、すぐにでも飛んで来る攻撃を前でありながら、ゲッツが視線を逸らしたのだ。


 (僅かな眼球の動き――――だが、自身の攻撃を確認している視線だ!)


 ノアは迫りくる鉄球を一瞥する事もなく、素手で受け止める。


 一瞬、脳裏には――――


 (球体になっていてよかった。歪な形状だった受けた瞬間に怪我してたかも)


 そんな事を考えながらも、受け止めた鉄球を武器に変え――――


 「自分の仕掛けた武器を自分で食らいなよ」


 鉄の武器をゲッツに向けて叩きこもうと振り下ろす。

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