第46話 遠距離と接近戦

 ゲッツは自身の腕を確認する。


 義手に仕込んでいた魔法の一撃。


 本来は、審判や観客に見えぬように接近して、相手に密着させた鉄腕を発射させるための仕掛け。


 生身の人間に直接撃ったのは初めてだが……


 「派手な見た目にしちゃ、威力は少ないな」と彼は呟いた。


 鉄腕を構成しているスライムが掴まれ、接近戦を持ち込まれるのが嫌だった。それを避けるために止むえず使用したにすぎない。


 「ふぅ……」と落ち着かせるためにため息を1つ。それから――――


 「ノア、悪いが俺の距離で戦わせてもらうぜ。俺様にどこまで近づけるかな?」


 遠い間合いで、鋼鉄のスライムを鞭のように操り、一方的に攻撃を続ける。


 それが対ノア用に組み立てたゲッツの戦術である。


 一方のノアは、遠距離に対して魔法攻撃といった選択肢はない。


 やはり、ゲッツの攻撃を掻い潜っての接近戦。


 だから、集中力を高める。 


 不規則な軌道での攻撃。避けれるとしたら、攻撃よりも早く相手の狙いを読み取る事。


 炸裂音。 土煙が舞い上がる。


 初弾を避け、前に出るノア。 だが、ゲッツの鉄鞭は3つ枝分かれしており、生物としての意識を有している。


 それをノアは――――


「まるで蛇だな。けれども―――― 初弾ほどのスピードはない」


 鞭の速度はしなりを利用しての生み出されている。すぐさま、高速の一撃が放たれるわけではない。


 ゲッツの狙いはノアの拘束、捕縛。 そして、狙い通りノアの腕を縛り付ける。


 体格差は、やはり大人と子供。 小柄のノアが力で敵うはずが……敵うはずが……


 「――――ッ!? なんだ、てめぇの怪力は!」


 思わず、焦りが声に出るゲッツ。 単純な腕力勝負。負けるはずがないという思惑は大外れ。


 これは、単純な綱引きになる。 ならば……睡眠時ですら足腰の鍛錬を行うノアに勝る者は、そうそういない。


 それでも「この野郎が!」とさらにゲッツが力を込めた瞬間――――


 「それ」とノアは逆に脱力した。


 引いたゲッツの力に逆らわず、前に飛ぶように大きく踏み出す。


 「綱の引き合い……これは柔道の鍛錬で慣れてるよ」 


 突然、綱が緩んだことで、ゲッツは大きくバランスを崩して後方へ倒れた。


 この隙にノアは、さらに前へ。両者の間合いが縮む。


 慌てて立ち上がるゲッツ。 しかし、ノアは目前に迫り――――拳を振るう。


 「だが――――戻れ!」とゲッツ。


 接近戦。 しかし、ノアの拳が振るわれるよりも前にゲッツの腕――――鋼鉄のスライムが奇妙な形からゲッツの鉄腕へ姿を戻した。


 ノアの突き。 それに合わせて、ゲッツの鉄拳が唸りを上げる。


 八極拳の強烈な一撃。 だが、対する拳は、文字通りの鉄。


 頭部に当たれば、即死すらあり得る凶器。


 それを――――ノアは、後ろに飛び避けていた。


 「ふ、フェイントだと!」とその驚愕に目を開くゲッツ。


 空振った事で体勢は大きく崩れている。そこへノアの蹴りが金的を目がけて跳ね上げられた。


 急所へ直撃。


 「がっ! がががぁぁぁぁ!」と想像を絶する苦しみに声にならない声。


 本来なら反則も反則。 だが、これは喧嘩ノールールの戦い。


 そのまま、ノアは双手狩りタックル。ゲッツの両足を刈り取る。


 その光景に観客たちも騒めき出す。


 「あれだ! 前のユタ戦で見せた!」


 「あの下品なタコ殴りのやつか!」


 「が、ガキの喧嘩じゃねんだぞ!」


 「――――また、アレが見える……のか?」


 馬乗り《マウントポジション》


 その残虐とも言える闘法に嫌悪感も持つ者は少なくない。


 だが、同時に期待している者も少なくない。


 そういう者たちは、最初は小さく……徐々に興奮を隠せずに声を出す。


「……れ。……れ。やれ! やれ! うおぉぉぉぉぉ!」


観客たちの感情が爆発する。 だが――――


「そう、簡単にやらせるかよ」とゲッツの目に闘志が宿っている。


 ――――今は、まだ。


 


 

  


 



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