第12話 決着 李書文対武田惣角

 「化け物め」と惣角は小さく罵った。


 先ほど、息の根を止めるつもりで放ったダメ押しの蹴り。


 しかし、そこから伝わってきたのは――――


 (まるで人を蹴ったようには思えなかったわい)


 異常とも言える鍛え抜かれた肉体。 まるで岩を蹴ったような感触だった。 


 だから、わかる。 李書文という男はこれで終わらぬ。


 そして立ち上がってくると……


 しかし――――


 分かっていても、実際に立ち上がってくる姿に背筋に冷たいものが通りすぎた。


 強烈な寒気に対して、体は大きな汗があふれ出す。


 そして、李書文は言う。


 「―――今より絶招を行う」


 ・・・


 ・・・・・・

 

 ・・・・・・・・・


 組み技系の格闘家は熟練してくると、歩き方を見ても相手の弱点がわかるという。


 それは重心のブレなどを見て、どの技をかけたら投げれるか……という事なのだろう。


 しかし―――


 武田惣角


 戦いの動きの中、重心の動きから相手の狙いを読み取れる。


 (先ほど、弟子へ口走っておった絶招なる言葉……おそらくは奥義的な技)


 惣角は書文の右腕から威圧感を見て取った。 


 (おそらくは拳撃で後退させ、強打を叩きこむ技。ならば――――)


「それより早く投撃でケリをつける!」


 書文が「フン!」と放つ牽制の一撃。 


 それを掴んで投げを狙う惣角。だが――――


(体が動かぬ。なんだ、この一撃は?)


 どう見ても、気の抜けた打撃にしか見えぬ拳に恐怖を感じた惣角。


 弾かれたように後方へ飛び逃げた。


 しかし、その判断は正しい。 『神槍』と同じ李書文の異名は


 『二の打ち要らず』 


 『二の打ち要らず』と呼ばれる由縁は、たとえ牽制で放った一撃であれ、相手を絶命させた事にある。


 だが、惣角の判断が正しいと言えるのは、次に来る万全の体勢で放たれる妙技をやり過ごせたらの話である。


 震脚――― 大地を揺らす踏み込みを得て――――


 絶招 『猛虎硬爬山』


 右の掌底が惣角の胸に叩きこまれた。


 およそ、肉が肉を打ったとは思えぬ音が周囲に響いた。


 倒れ、完全に動きを止めた惣角。 


 鼻や口から血が零れ落ちている。    

 ――――いや、よく見れば目が耳からも赤い物が流れ落ちている。


 おそらくは絶命して―――


 そう思い、近づく書文。 しかし、惣角は襲い掛かってきた。


 開いた指が書文の目を狙い伸ばされて――――


「フン!」と書文。


 目潰しを躱すと同時に拳を叩きこみ、今度こそ本当に惣角は動きを止め


 「久々に良い戦いをした。 悔やむならば、本来の体ならば……」


 と言い残すと、霧のような物が惣角を包み込む。


 やがて、文字通りに霧散した後に何も残らなかった……いや、よくよく見れば地面に刺さった剣は1つ。


 それを抜くと近寄ってくるノアに手渡した。


 「魔剣ソウカクか……ノア、コイツを布で包め、山を下りるぞ」


 「はい、先生!」


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・


 書文とノアが山を下りていく途中、人の気配が濃くなってきた。


 一瞬、山賊を疑った2人だったが、どうも様子が違う。


 気配の方に近づくと武装した集団が見えてきた。


 装備が良い。 ……おそらくは国から派遣された正規兵だろう。


 「お主らが捜しているのはこれか?」と魔剣ソウカクを見せつける書文。


 兵たちの警戒心が強まっていく。


 「ほう……お前ら、やるつもりか?」


 「下がっていろ」とノアに魔剣を手渡して構える書文であったが……


 「待たれよ。そなたは……李書文先生で間違いないしょうか?」


 「うむ、お主は?」


 「私は隊長のエルラ。盗まれた魔剣の捜索……それからバッドリッチ侯爵から2人の保護を依頼された者です」


 「保護か……保護を受けるなど労いを受けた事など何百年ぶりかのう?」


 くっくっく……と苦笑した書文からは敵意が抜け落ちていた。


 「もしや、そちらの少女はノアさま……その手にしておいでなのは?」


 「これは、魔剣です。山賊の体を乗っ取って暴れていましたが先生が退治しました」


 「これはこれは……では、こちらで預からせて――――」


 「ならぬ!」とピシャリと言い放ったのは書文だった。


 「これは、そなたたちの手に余るものだ」


 「……ならば、どうするおつもりでしょうか?」


 「こやつは、暫くワシが預からせてもらおう」


 そう言うと、そのまま歩いて山を下りる書文。


 エルラの精鋭である100人の兵たちは、その気迫に飲まれ書文を止める事すらせず、彼の邪魔にならぬように道を開けるのが精一杯だった。


 


 

 

 

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