第11話 絶招 『猛虎硬爬山』

 2つの影が交差する。


 この戦い、有利なのは書文だ。


 武田惣角の投げは、素早く、強烈で、何よりも危険だ。


 しかし、書文はその投げを猫のような空中姿勢、それと地形を利用した蹴りで防いできた。


 奥義と言える投げを2度も防がれた惣角の矜持プライドも大きく揺さぶられている。


 先ほど、激高したのもそのため……


 もしも、投げの回数が増していけば、両者の体力、技の読み合い、様々な要素が重なり、惣角の投げも極まる事になるだろう。


 しかし、それよりも早く、速く、倒す打撃を叩きこめる。


 (――――なんて思っているだろ。俺が、そう誘導してるなんて思いもせずにな!)


 惣角は内心で舌なめずりをした。 


(無論、激怒したのも演技だ。書文……お前が俺の投げを完封できてると思い込ますためにな!)


 その卓越した体捌きで書文の攻撃を避け、腕を取ると迎撃カウンターの投げを放つ。


 3度目の投げ。


 書文は冷静に対処しようと――――だが、


「かかったな アホめッが!」


 反転した李書文の肉体、それを惣角は腰を大きく捻り――――


 野太い風切り音


 ――――後方にそびえ立つ大樹に叩きつけた。


「ごっ!?」とその衝撃で口から空気を吐き出す書文。


 強烈な投げは受け身を無効化して、大きく呼吸器官に痛みダメージを与える。


 いや、呼吸器官だけではない。 後頭部も強打して、判断能力も大きく低下。


 そのまま重力に従い、頭から地面に落ちていく書文に対して――――


「駄目押しの一撃を貰っておけや!」


 惣角は書文の胸部へ向かって蹴りを放った。


 樹木と惣角の鬼脚に挟まれ、書文は「ごふあぁ」と口から濁った血を吐き出す。


 動きを止めた書文の肉体は、地面へ滑り落ちた。


「先生」とノアは駆け寄ろうと――――だが、できない。


 (――――何? この威圧感の正体は? それにどうして……)


  どうして武田惣角は、いまだに李書文に対して構えを解かないのか?


 それどころか、尋常ではない汗がポタポタと音が届くほどに零れ落ちているではないか。   


 ノアは本能的に理解した。


 駆け出したい衝動を止めるほどの威圧。 それをまき散らしているのは立っている惣角ではない。


 倒れて動かない書文の方だ。


 「何が起きているの?」とノアは戦いが自分の理解できない領域に達している事だけは理解できた。


 やがて、書文が動きを再開した。


 ゆらりと幽霊のように頼りない足取りであり、とても静かに立ち上がる書文。


 そして、静かな口調で小さく呟く。


 不思議と、その言葉は離れたノアにも浸透するかのようにハッキリと聞こえた。


刮目かつもくせよ、ノア。 今より絶招を行う」


 ハッと息を飲むノア。


 絶招とは何か?


 それは、八極拳における切り札。 必殺技である。


 そして、李書文の絶招とは1つしかありえない。


 その技名――――


 『猛虎硬爬山』


 それを放つため――――李書文は静かに一歩、踏み出した。


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・


 李書文の絶招 『猛虎硬爬山』


 牽制の打撃により、相手を後退させる。 そうして生まれた間合いで、完全なる震脚を放ち、繰り出す一撃。


その一撃は冲捶突き頂心肘肘打ちなどを繋げるが、書文は掌打を好んで放ったという。


それが今―――


間合いを詰める書文。 惣角を後退させるために拳を放った。

 


 

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