第4話 ノアは武道を始めます!

「実は武道を修めたいのです」


 ノアの両親は互いに顔を見合わせた。


「急にどうして、そう思ったんだい?」とパパ。


「はい、実は私は本を読みました」


「本? 一体、どんな本を?」


「東洋の剣士 坂本竜馬という方について書かれた本です」


「サカモト? 知らない名前の剣士だね」


「その本には、こう書かれています。若い頃の彼は、歩く時に頭上から大岩が落ちてくる事を想像して、武芸者として隙を生み出さなかった……と」


「なるほど、その話を思い出して、自分の身に照らし合わせたみたいだね」


「はい、私も武道の心が備わっていたのなら、落ちてきたリンゴで額に傷を作る事はありませんでした」


「しかし、だね……」とパパは渋った顔をする。


「武の道は厳しいのだよ。 もしも、君の可愛らしいお顔に取り返しのつかないような大きな傷がついたら……」 


「パパ、それに私は一人娘です。もしも、弟が生まれなければ、婿を向かえて旦那さまを支える立場になります。貴族の本懐は国のために戦う者です。その時に武に理解のある妻でありたいのです」 


「ぬぐぐ……ママも何か……言ってやってくれ。私は、ノアが……ノアが、婿を向かえるだなんて言うものだから……」


「はい、よしよし。ノアちゃんがお嫁さんになるのは10年くらい先の話ですよ」


10年かよ! と心の中で突っ込みを入れるノア(6才)。


「ノアちゃんは家の事を心配しなくていいのよ。自由にのびのびと育ってほしいのがママの本音だわ」


「でも……」


「そうね。今日のノアちゃんの言葉は本音じゃなくて、いろいろと複雑な思いがあるみたいね」


「……」と思惑を見抜かれたノアは無言。 


「いいわよ。武道、武術の先生をお呼びしましょう」


「え?」


「今までのノアちゃんは覇気と言うか……やる気? そういう物が抜け落ちていた子だったから、なんであれ目標? みたいな物を持ってくれたらママはうれしいのよ」


「……ママ」と情けない声を出したのは隣のパパであった。


「どうせならドーンと有名な先生を呼びましょうね」


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・


「はい、ありがとうございます。パパ、ママ」と部屋を出るノアを見送ったバッドリッチ夫妻。


「ママ、どうして許可を出しちゃったの? もしも酷い怪我なんでしちゃうったら……」


「大丈夫よ、貴方。 子供は回復力も凄いだから……それに厳しい事で有名な先生を呼んだら、すぐに止めたがるわよ。 あの子、貴方に似て、酷く飽きっぽいから」


「さすが! ママ! ……いや、それだとノアちゃんが先生に泣かされちゃう……」


「貴方……」と呆れた口調でため息を1つ。


「娘に甘すぎると大きくなって、ノアから相手をされなくなってしまうわよ」


「――――ッッッ!?!?」


「それにノアちゃんが武術を止めれるきっかけになるように、今夜は弟を作ってあげましょうね」


「ママ……(ゴクリ!)」


「でも、その前にお入りなさい!」


「はっはい!」と扉の外で返事が聞こえてきた。


 入ってきたのは幼女メイド……いや、メイドリーだった。


「君は確か娘に付かせている……」とパパ。


「あら、やっぱりメイドリーちゃんだったのね。何の用かしら?」


「あの……私をクビにしてください!」


 突然の言葉に「ん~む?」と首をひねるパパ。


「ん~ どうしてかしら? 理由を聞きましょう」とママ。


「お嬢様に身の危険がないか? 私は、それを確かめるためのお付きのメイドです」


そう言うとメイドリーはエプロンドレスをギュっと強く掴んだ。


「私はお嬢さまをお守りできませんでした。どうか、私をクビに!」


少女の涙ながらの訴えにノアの母親は、メイドリーを抱きしめた。


「ありがとう」


「え?」


「貴方がすぐにノアを背負って屋敷に帰ってきてくれたおかげにノアの傷は治癒魔法で跡が残らない程度で済んだのよ」


「あっ……でも……」


「これからも、あの子の事を守って頂戴ね」


「……はい! 何があっても私は、この身に代えても!」


「うふふふ……頑張って頂戴ね」


「うむ、我が娘は良い従者に巡り合えたみたいだ」とパパも頷いた。


それからメイドリーは――――


「もしも、もしもですが……お嬢様の傷が少しでも残り、婚姻に問題があるようでしたら、わ、私がお嬢様と結婚します!」


「おやおや……」とママ。


「これは、これは……」とパパ。


 少なくとも、この国では女性同士では結婚できない。メイドリーの発言は、子供ならではの微笑ましさなのだろうと2人の思ったのだ。


「その時は、こちらからお願いするよ、メイドリー」とノアの父親から言われたメイドリーは顔を真っ赤にして部屋を退出した。


 しかし、彼女は――――


 どこまでも本気であり、これは正式な婚約だと認識したのだが……


 このやりとりが問題として浮上してくるのは、まだまだ先のお話である。

    

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