15
吸い込まれてしまいそうなくらい限界まで開かれた両目が、わたしたちを爛々と見つめている。
すっかりと正気を失っているミリアムなら、どんなタイミングでも躊躇することなく発砲するだろう。拉致監禁されていた同じ被害者だっていう記憶ですら、彼女の頭の中にはもう無いのかもしれない。
「ミリアムやめろ! 銃を下ろせ、もう終わったんだ、ゲームオーバーなんだよ!」
「動くな、喋るな! この化け猫がッ!」
発射された一発の銃弾が唯織さんの身体に当たる。
真っ赤に染まった腹部を押えながら、唯織さんは膝から崩れ落ちていった。
「きゃあああああああああ?!」
「うるさいぞ、黙れ! おまえも撃ち殺してやるッッッ!!」
逃げなきゃ殺される!
でも、間に合わない!
銃口がわたしの顔に向けられるのと同時に、ヤスカちゃんが起きあがってミリアムに襲いかかった。
「ぬぐわぁっ!?」
突進された拍子にトリガーが引かれ、銃弾が何度か跳ね返って上空の窓ガラスに当たる。
「これはわたしのゲームよ! 勝手なことはしないで!」
倒れた二人が、揉み合いながらコンクリートの床の上を転がり続ける。拳銃はまだ握られたままだ。
「死にぞこないの畜生が! 人間様に歯向かうな!」
激しい掴み合い制したのはミリアムだった。馬乗りになって銃口をヤスカちゃんの血塗られた眉間に押し当て、不気味な笑顔を見せて勝利を確信する。
けれども、降ってきた一枚のガラスがミリアムの首を綺麗に切断して砕け散り、笑顔のまま頭が転がり落ちた。
「……ウフフ、あははははっ!」
噴射される血液を浴びながら、ヤスカちゃんが頭部を失った死体を払いのける。横向きに倒れてもなお、血はドクドクと流れ出していた。
「悪いことは出来ないものよ。加奈子は因果応報って信じてる? よく見なさい、これが
そう言いながら拳銃を拾いあげると、ヤスカちゃんは倒れたまま動かない唯織さんの頭を躊躇なく三発撃ち抜く。そして、ハイウエストのスカートから新しいマガジンを取り出して装填した。
「これで二人きりになれたけど、加奈子も死にたい?」
拳銃を構えずに両手を下ろしたまま、わたしに問いかけるヤスカちゃん。
もちろんわたしは、死にたくない。
必死になって生き残れる可能性が高い方法を模索する。
答えは案外すぐに見つかった。
「わたしは…………ヤスカちゃんが赦してくれるなら、ヤスカちゃんとカップルになりたいです」
「でしょうね。わたしだって殺されないように同じことを言うわ。でもね、わたしって一回萎えるとダメな性格だからさ……んー、どうしよっかなー。加奈子は可愛いから、すぐ殺すのも勿体ないしなー」
拳銃の先端を下唇に何度も当てながら、なにかを考えるような仕草をして見せてはいるけれど、最初からわたしをどうするつもりなのか決まっているはずだ。
「ベッドに行ってから決めてもいいんだけどさぁ、セックスするには怪我し過ぎちゃってるからなー。ずっと吐き気がしてて、めっちゃ辛いし」
「あの、それなら怪我の手当てをさせてください。学校では保健委員なんです」
「ふーん……すげぇー嘘臭いんですけど。でも、まあいいや。二人ぼっちだし、仲良くしましょうよ」
真顔で近づいてきたヤスカちゃんに唇を奪われる。
なんの抵抗もせずに舌を受け入れるわたしの様子に満足したのか、離された顔には笑みがこぼれていた。
「うふふ、なんか濡れてきちゃった。やっぱりベッドへ行きましょう」
銃口で先へ進むようにうながされたわたしは、素直に従って廃工場を後にした。
クイーンサイズの大きなベッドがある場所は覚えてはいるけれど、少しゆっくりめに歩きながら、この先どうするべきかを考える。
身体を許したところで生かしてくれる保証はないし、かといって、拳銃を持つ相手に立ち向かえる手段も思いつきはしなかった。
「ちょっと待って」
呼び止められて振り返ると、ヤスカちゃんは嘔吐していた。
頭の傷と蒸し暑さにやられたのかもしれない。背中をさすろうとするわたしの手を、ヤスカちゃんは拒む。
「……いい、大丈夫だから。加奈子は優しいんだね。今の、けっこうポイント高いかもよ」
強気なところを見せても、咳き込みながら手の甲で額に触れる様はとても弱々しかった。
「頭の傷も心配だし、病院へ行ったほうが……」
「わたしに指図しないで! 支配者はわたしなの! わかった!?」
「あっ、ごめん……なさい……」
このまま放っておけば、もしかするとヤスカちゃんは死ぬかもしれない。
そうなればわたしは自由になれる。
この悪夢から解放される。
そんな淡い期待を抱きつつ、肩で息をする彼女を見つめていた。
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